over and over, again | ナノ

over and over, again

両者とも女性経験がありそうな描写

 初めてなんだ、とその人ははにかんだようだった。
「……初めて」
 自室のベッドにその人を押し倒した体勢で、馬鹿みたいに復唱すると、彼はうんと頷いた。
「そ、それって、えっと」
「経験がないわけじゃないよ。その、こちら側が初めてで」
「はー、なるほど」
 こちらを見上げる彼はやはり普段通りにやたらと色っぽく、にわかには信じがたかった。初めて。
 その頃まで興味がなかったけれど、その人が性の対象として関心を集めていることくらいは知っていた。一発やらせてほしい、と冗談めかしながら半ば本気の渇求はよく耳にしたし、あるいはそれが行き過ぎたゆえに、頼めばやらせてくれそうだよな、などと侮蔑と化した言葉も聞いた。誰かがやらせてもらったらしい、いや頼みもしないのにしゃぶってきたらしい、と妄想や願望交じりの品のない噂もまことしやかに囁かれていた。
 その彼が、今は自分に組み敷かれて、初めてなんだと恥じらっていた。あの噂って全部嘘だったんだと、そんなもの信じていないふりをしていたくせに安堵した。だが同時に、みんなが欲しがるものを腕に収めているうえ、その初めてが自分なんだという優越感も覚えていることに気付いて自分でぞっとした。
「……あの、オレ、優しくします」
 オレはあいつらみたいにならない。あんな噂話する連中みたいな扱いは絶対にしない。──漏れ聞こえた妄想話を種に何度も自慰をしたことなんてなかったことにした。
 その人はいたずらっぽく目を細めた。
「……キミになら、少しくらい酷くされても……」
「ちょっ、そういうのやめてくださいよぉ!」
 笑いながら抱き合って、一息ついたところで彼の腕の中で顔を伏せた。
「ってか、オレも初めてだし……あ、男相手が」
「初めて同士だ」
 二人でゆっくり進んでいこう、とその人は大きな手でこちらの髪を撫でた。今後を約束されて顔が熱くなるのが分かった。愛おしさに任せて唇を合わせ、至近距離で見つめ合った。
「……じゃあ、えと、脱がせますね」
「どうぞ」
 おずおずと襟元に手を伸ばし、シャツのボタンをひとつひとつ外していった。そうか男同士だと外しにくいんだななどと今さらの発見をした。もたもた手間取っていると、その人は堪えきれないというように顔を背けて肩を震わせた。
「……もう、笑わないでくださいよ、オレ真剣なんですけど」
「ふ、ふふ、かわいくて」
「嬉しくねー……」
 彼は自分でボタンを外し始めた。あらわになっていく肌に、拗ねていたのも忘れて思わず釘付けになった。前を開け終えると、彼はこちらのボタンも外し始めた。微妙に慣れない手つきだった。
「……下手じゃん」
「……そうだね、初めてだから」
 彼は珍しく照れたように笑って、残りのボタンもちまちまと外した。
「……ほんとに初めてなんスね」
「意外だったかな」
「……オレ、めっちゃくちゃ大事にするね、先輩」
「私も、キミを大事にしたいと思ってる」
 裸の胸を合わせて何回もキスをした。それだけで充分満たされてしまえるくらい幸せだった。だが少しずつ口づけが深くなっていくと、だんだんと堪えきれなくなってきて、彼の下半身にそっと手を伸ばした。
「……いい?」
「ああ」
 服を脱いでしまって、お互い慎重に探り合うように触れた。体中を好きなように撫で回し、その人が淡く息を吐いたり、体つきを褒めてきたりするのに興奮していた。やがて指が決定的な箇所に辿り着いた。
 当然、初めてなのだから簡単にはいかなかった。ゆっくりと指は埋まったが、彼は大きく息を吐いた。苦しくもなさそうだったが、快くもないのは明らかだった。
「やっぱ、痛いですか? 今日はこの辺で……」
「ううん、もう少し、してほしい」
 ねだるように言われて、頷いた。逆らえないのはいつものことだった。
「自分で、少し慣らしてきたから、もう少しいけるはずだ」
 この人がオレのためにそんなことを。喜びと興奮が一緒くたになったものが全身を巡った。この人はいったいいくつの初めてをオレにくれるんだろう?
 辛抱強く指での行為を続けるうち、次第に慣れてきたようだった。また彼にねだられて、指を引き抜き性器を押し当て、そのままゆっくりと身を沈めていった。
 そうやって繋がって、一瞬苦しげに息を詰まらせながらも彼はこちらの背を抱いて、幸せだと囁いた。精一杯抱き返して、オレもと応える。強い快感が伴うわけではなかったが、幸福だった。



 初めてなんだ、と夜鷹は慎重に言葉を選ぶように言った。
「……あ、そっか、そうですよね」
 由蛇はちょっと噛み合わない返事をした。変なことを言ったと自分で気付いて、「いや、全然」などと慌てて誤魔化す。
 夜鷹の部屋だ。バーと似た雰囲気で揃えられた、いかにも彼の趣味らしい古くさい家具は、今は光量を絞った灯りの陰に隠れている。シーツの上の彼しか見えない。一瞬、自分がバーテンダーであることを忘れていた。
「がっかりさせたかな」
 由蛇の様子がおかしいのを誤解して、夜鷹は眉を下げた。
「や、ってか、……オレも……初めて、です」
 それは嘘でしかなかったけれど、ある意味では全くの嘘というわけでもなかった。由蛇の言葉を聞いて、「初めて同士だ」と夜鷹は微笑んだ。こちらもぎこちなく笑い返す。二人でゆっくり進んでいこう。記憶と同じ手つきで頭を撫でられて胸が詰まった。
「……頑張りますね」
 あんま上手くはないかもしれないけど。またキスをして、もたもたとひとつずつシャツのボタンを外していく。由蛇が手間取るのを見て夜鷹は笑った。
「自分で脱ごうか」
「……もう、カッコつかないな〜」
「私は好きだよ」
 記憶とだいたい同じようにことは進んだ。何回もキスをしては触り合う。由蛇の慣れない手つきを夜鷹は愛おしんでしきりにかわいがった。恥ずかしかった。だからそれを隠すように彼の下に触れた。
 潤滑剤を纏わせた指を沈めて、少しずつ拡げていく。経験を頼りに以前よりは大胆に進めていき、挿入まで果たした。夜鷹は微かに甘さの籠った息を吐いた。
「夜鷹さん、平気ですか? 苦しくない?」
「うん、思った、より」
 自分で練習してきたからかな。彼の言葉にまた嬉しくなる。夜鷹さんって本当にずるい。ぎゅっと抱きしめると同じだけの力で抱き返される。幸福だった。



 初めてなんだ、と彼が言うのを聞くのは三度目だった。
 夢十夜の控え室だった。仮眠用の簡易ベッドは、男二人が乗ると僅かな動きでも軋んだ音を立てた。そんな場所で、由蛇は夜鷹に覆い被さっていた。
「オレも、男相手は夜鷹さんが初めてですよ」
 嘘ではないが、嘘だった。「初めて同士だ」と夜鷹が言うのも知っていた。だから曖昧に笑って誤魔化した。
 ボタンさえ外れてしまえばあとは困るようなことはなかった。相変わらず彼はむやみと色っぽく、扇情的だった。その体を好きに触り、反応を確かめる。彼は時々息の中に声を混じらせた。
 挿入までのやり方もだいたい掴んでいた。気は遣いつつも遠慮なく指を捩じ込む。中で動かすと、苦しみだけではない色の滲んだ声が聞こえた。
「痛かったら言ってくださいね〜……?」
「平気、だよ。もう少し……」
 彼に誘われるまま、体を繋げた。なんとなく馴染んできた中は温かく柔らかく、気持ちが良かった。すぐ出てしまいそうになるのを堪えると、夜鷹は慈しむようにキスをくれた。恥ずかしかったが、幸福でもあった。



 初めてなんだ、ともう何度目か。
 大丈夫だとなるべく安心させられるよう努めて告げた。そうしながら逸る手はもう押し倒してボタンを外しにかかっている。引っ掛かることもなく手早く前をはだけさせると、夜鷹は「慣れているね」とまばたきをした。
 彼の家に上がり込んで上手いことベッドに持ち込む流れも手慣れていたから、夜鷹はこっちを大変な遊び人だとでも思っているかもしれない。そういう風に振る舞っているので別段問題はないけど。一応、あんた一筋なんだけどな。
 何度か唇を合わせて、体を探る。胸の先を撫でると彼は大きく背中を反らした。こんなところまで感じるようになっちゃって。そうしたのが自分だと思うと腰の奥に熱が溜まる。
 探るように触り方を試す。擦っても押し潰しても舐めてみても、どう触っても彼はびくびくと背をしならせ身を捩った。声こそ上げないが明らかに乱れた呼吸に顔を上げると、彼が顔を背けて口を引き結んでいるのが見えた。
「気持ちいいんですか? 我慢しなくていいのに」
 返事もできないのか、彼は無言のまま枕に擦りつけるように首を振った。もしかしたらこのまま胸だけでイけたりしないかな、とちょっと思ったが今日のところは保留にして、下に手を伸ばした。
 夜鷹のベルトを抜き取ると、彼は微かに息を飲んだ。生娘みたいだなと思ってそれから実際そんなものかと気付く。安心させたくて笑いかけた。
「大丈夫、ちょっとずつやりましょうね」
 優しく言ってやって、あやすようにキスを落としてから指を突き込む。すっかり作り替えられたそこは簡単に何本も飲み込んで卑猥な音を立てた。もう簡単に中で動かせるくらいには体が慣れている。
「ッあ!」
 そうやって拡げながら、夜鷹の好きなところを抉ってやると彼は声を上げて腰を浮かせた。それを恥じるように口を結ぼうとするので、執拗にそこばかり狙って指を動かす。
「っうぅ、ん、ぅぐ……っ」
 びくびくと腰を浮かせて、明らかに感じているのに頑なに声を殺そうとしているのが不思議でもあった。だがまあ気持ちいいことには問題ないだろうと行為を続けると、次第に堪え切れない声が漏れ始める。我慢する余裕なんてないくらいめちゃくちゃにしてやりたいと思った。何も考えられなかったら、あんたはきっと幸せになれると思うから。
「あっ、く、っいぅ……っ!?」
「気持ちいい? ね、挿れたい、夜鷹さん」
 中を触りながらねだると、彼は混乱して息を乱しながらも承諾してくれた。拒まれないことなんて知っていたけれど、受け入れてもらえるのはいつだって嬉しい。はしゃいで感謝を告げ、いそいそと覆い被さった。
 大した抵抗もなく入り込んでいく。夜鷹の体がびくりと反応するのが愛おしかった。良さそうなところを押し潰してやると素直に声が上がる。何度も唇を引き結ぼうとしては失敗している様子に満足感を得る。
「うああぁっ、ああ、あ……!」
 ぐちゅん。だいぶ動きやすくなったそこからは粘ついた水音が立っているけれど、そんなの耳に入らないくらい夢中になっている。何度も往復するうち、目の前の人だって身も世もなく喘ぎ始めた。夜鷹さんってこういうとき結構やかましいよな。知ってたけど。
「はあっ、あ、や゛、おか、おかひっ、な」
 めちゃくちゃによがっているくせ、彼は首を振って逃げるような仕草を見せる。だがそんな抵抗もすぐに快楽に飲まれて消える。言葉通りおかしくなってしまったのかもしれない。
 本当におかしくなっちゃっても、全部忘れても何もかも思い出せなくなっても、オレはあんたのそばにいるのにね。
「っく、ん、……っ」
 やがて彼は目を閉じて息を詰めた。由蛇を挟んだ内腿に力が入って、腹の中がわななくのがはっきりと伝わってくる。彼が限界なのが分かって、締め付けられるまま由蛇の方も薄い膜越しに中に出した。それに気付いているのかいないのか、夜鷹はしばらく断続的に震え、ぐったりと脱力した。
「……アハ、こっちでイくの、上手になりましたね」
 夜鷹は普段よりもなお虚ろで定まらない視線をしていたから、きっと由蛇の言葉なんか聞こえていない。下腹部を撫でてやると反射でまたびくついて腹の中を締める。明らかに絶頂したくせに、腹の上は乾いている。精液を溢していなかった。いつの間にかそんなことまで覚えさせてしまった。
 性器を引き抜いて、呆けるその人にすり寄った。首や頬にキスをする。軋んだような動きで彼の腕が由蛇を包んだ。
「気持ち良かったですか?」
「……ああ、キミが上手だから」
「オレも気持ち良かった」
 顔を上げて目を瞑ると、唇に柔らかいものが触れる。由蛇は笑った。幸福だった。
「……風呂に行こうかな」
「うん、一人で立てます〜? 手伝いますよ」
「大丈夫」
 夜鷹はゆっくりと上半身を起こした。だがそれ以上は動けなかったのか、座り込んだままぼんやりしている。手伝ってやろうと肩に触れた。その瞬間、彼は素早くそれを振り払った。ただの反射と取るにはあまりにはっきりとした反応だった。
 拒絶に似ていた。
「……あ、ごめ、なさ」
「違う、違うんだ、由蛇」
 動揺して身を引く由蛇に、夜鷹は懸命に追い縋ってきた。柔らかい髪が頭を振るのに合わせて揺れるのを、由蛇は呆然と見下ろしている。
「キミのせいじゃない」
「……じゃあ、なにが」
「……気持ちよくて」
 顔を上げた夜鷹は、誘っているのかと思うような台詞と裏腹に青ざめた顔をしている。
「キミも知っていると思うけれど……私は臆病だから」
 彼は目を伏せて訥々と喋った。自分の指先が冷たくなっているのを感じながら、由蛇は宣告を待つ囚人のような心境で黙っている。
「キミに触れられて、良かったんだ、すごく。……初めてなのに。私は……おかしいのかも、しれないと、」
 頭痛を堪えるように、夜鷹は言葉を切って眉をしかめた。その体を抱きしめたいと思うけれど、代わりに拳を握りしめる。
 由蛇の失敗だった。勝手に慣れたような気になっているのは由蛇だけだった。夜鷹は何もかも忘れていて何も思い出せない。由蛇のせいで。
「おかしくないですよ」
 そんなことを言うのがやっとだった。少しでも彼を慰めたかった。たとえまた無かったことになるのだとしても。
「たまたま、あの、相性が良かったんじゃないですかね〜? 運命? 的な?」
 いつもやっているから、お気楽そうな声を出すのは簡単だった。夜鷹はようやく少し表情を緩めた。
「運命……かな」
「夜鷹さんは、オレが運命じゃイヤ?」
「まさか。……私はキミの運命になれるかな」
 その返事を聞いて、握りしめた拳を開き、おずおずと差し伸べる。
「もう一回、やり直させて」


 初めてではなくなってしまったその人を腕に抱いている。というよりは体格差があるからほとんど由蛇は夜鷹に包まれているだけだが、とにかく互いを腕の中に収めている。長い間そうしてただ抱き合っていたが、やがて夜鷹はゆっくりと口を開いた。
「由蛇」
「なに?」
「私に触れてほしい」
 本当にいいの、と訊く代わりに顔を上げて、唇を寄せた。向こうから唇が合わせられる。柔らかく押し付け合いながら、そっと背を撫でる。
「怖くない?」
「大丈夫だよ。私もキミに触れていいかい」
 夜鷹が触れてくる手つきは、記憶にある通りぎこちなかった。行為自体は慣れているくせにと思うとなんとなくかわいらしい気がした。
 彼がこちらの性器を指でなぞる。微妙に固さを持ったそれを弄ばれて反応してしまうのが恥ずかしかった。
「あっ、ちょ、夜鷹、さ」
「ふふ」
 由蛇が思わず腰を引くと、夜鷹はやたら色っぽく笑った。そのまま由蛇の性器を弄ぶ。初めてとか言ってさっきまでぎくしゃくしていたくせに、攻勢に出ると途端に調子を取り戻したようだった。かわいいね、もっと見せて、だとか甘ったるい言葉を囁かれて、馬鹿みたいに素直に体温が上がる。耳から入った吐息で脳みそが溶かされているのかと思う。
 由蛇の反応を観察しているのか、夜鷹の手管は見る間に上達した。些細な動きすら全てが由蛇を高めて追い詰めてくる。さっきまでとはまるで逆で、今は由蛇の方が夜鷹に縋って喘いでいた。
「はっ、はあ、よだ、ぁ、いく、いきそ……」
「だめ」
 もう少しというところで手が離される。なんで、と涙の溜まった目で思わずねだった。
「出したい?」
「うん、はやく、」
「それじゃ、私にくれるかな」
 夜鷹がいっそう強く体を抱きしめてくる。その先を悟って呼吸がどんどん早くなっていく。
 果たして性器が熱く潤んだどこかへ飲み込まれていく。もう慣らされたそこはきつさもなくただ気持ちよくて、由蛇は歯を食いしばって背中を駆け上る快感に耐える。
「由蛇」
 呼ばれただけで全身が震える。
「我慢しなくていい。全部私に委ねて……」
 体中に力が入って、目の前の人を力一杯抱きしめながら射精していた。イッたばっかりでもその人は離してくれなくて、「まだいけるかい」と覗き込んでくる様子はおかしくなるほど艶かしい。必死に息をしながら、ちかちかする視界でその人を追っていた。
 上になり下になり、結局何度したのかも分からない。二人はもつれ合ってベッドに倒れ込んでいる。
「由蛇」
 愛おしむ手つきで髪をかき上げ、彼の唇がこめかみに触れる。
「夜鷹さん、……良かった?」
「ああ」
 彼はおっとりと微笑む。嘘の気配がないことに由蛇は安堵する。彼の苦痛なんてもう見たくなかった。
 過去も未来も失ったその人は何度だって初めてを繰り返すんだろう。由蛇がそうさせる。いつまでだってこの永遠を守り通してやる。
 いつか愛しい今日のことだって過去になって消え去ると、由蛇は知ってしまっている。それでも目の前の夜鷹に笑い返して、由蛇は彼の幸福を願う。
20240913

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