The day the world go away | ナノ

The day the world go away

 伝えないよりはマシな気がしたから気が向く度に好きだと言っている。冬馬君は最初ふざけていると思って怒ったり呆れたりしていたけど、三回目辺りからそれすらせずにかわすようになった。酷いことに否定も肯定もしてくれない。「そうか」くらいしか言わない。ありがとうかごめんくらい言えばいいのにと思う一方で言わないでいてくれることに安堵もしている。
 冬馬君とデートの約束をした。冬馬君は「分かった」としか言わなかったけど、とにかく僕はデートしようって誘って、そして彼は頷いたのだからデートには間違いなかった。
 プランは細かく立てないことにした。一緒に靴でも見て、お昼食べて、あとは適当に。財布にはお小遣い三カ月分を入れた。普通の中学生とは金銭感覚違う自覚はあるけど、それでも結構大金だと思う。財布はちゃんとリュックにしまった。あとは服だ。人にバレないようにするとどうしても格好が野暮ったくなりがちで、デートっぽくはならない。あんまりお洒落すぎずダサくもない地味めかつ程よく華やかで自分に似合う組み合わせとかいう無茶なラインを一生懸命考えてなんとか選んだ。なんとなく冬馬君はとんでもなく派手な上着とか平気で着てきそうな気がするけど。その時はその時だ。

「思ったより普通だ」
「何の話だよ」
 待ち合わせ場所に現れた冬馬君は、いつも通りの赤い服で来るかと思っていたけど、彼にしては珍しいモノトーン調でまとめていた。黒のジャケットは初めて見るやつだ。見慣れないけど似合ってるなあって眺めていたら彼はそわそわと裾を引っ張った。
「やっぱなんかおかしいか?」
「え? 全然? かっこいいよ」
「んー……」
 それでも冬馬君は落ち着かなげに服をいじる。いつもとテイストが違うから慣れないんだろう。大丈夫かっこいいよ好きだよって何度も言ったらようやく裾から手を離した。
「そのジャケット初めて見た」
「初めて着たからな」
 冬馬君はあっさり言って、「値札付いてないよな」と背中を見ようとする。新しく買ったんだ。デートの教科書そのままみたいなコーディネートをするために。
 本当に冬馬君って面白い。言わないでおいてあげるけど。値札が付いていないことを確認した冬馬君は向き直って「どこ行くんだ」と訊ねる。新しい靴見たいなと答えて、僕らは歩き出す。

 デート前半は成功と言っていいだろう。お昼ご飯のカツ丼を食べながら僕は半日を振り返る。靴は買わなかったけどあれこれ言いながら見て回るのは楽しかったし、多分冬馬君も同じなはずだ。
「ここのカツ旨いな」
「でしょ」
 少し並んだけどやっぱりどうせならおいしいものを食べたいよね。デートでカツ丼っていうのも、女の子を連れてくるのは少し憚られるけど相手は冬馬君だし。好きになったのが冬馬君で良かった。
「ねえ冬馬君、好きだよ」
「そうか」
 相変わらず冬馬君は意図の読めない返事をして、水面をぷかぷか流れてきたお新香をご飯の上に追加する。先に食べ終わった僕は冬馬君がカツ丼を食べるのを眺めながら午後の予定を考える。目的のないウィンドウショッピングより他のことがいい気がするけど、運動する服でもないし。
「水族館とか?」
「半日だともったいないだろ」
「ケチくさ〜」
「だいたい水族館の電灯ってのはだな……」
「顔色が悪く見える話?」
 またそんなインターネットで調べたみたいな知識を披露して。冬馬君も少しは楽しみにしてくれたんだろうか? 緊張してネットでいろんな記事を見て回ったりしたんだろうか。そうだったら嬉しい。
 話を遮られた冬馬君はだけど図星だったのか照れ隠しみたいに最後のカツを口に放り込んで、箸を置いた。お茶を飲んで口を開く。
「……行くとこないなら飯の買い出しはダメか?」
「ダメじゃないよ」
 結局のところ一緒ならなんだって構わないのだ。ごちそうさまをして二人で代金を揃えながら、いつの間にかすっかり水で満たされて色とりどりの魚が泳ぎ回る店内に気付いて、水族館もいいけどこれで十分かなと思った。

 二人だとむやみとテンションが上がってしまって、スーパーのカゴはいっぱいになった。野菜に缶詰なんかはともかく、面白がって入れたコンデンスミルクや粉末レモンや増えるパセリは不必要だったかもしれない。それでもレジを通してしまったのでそれらを僕のリュックと冬馬君が持っていたエコバッグに詰め込む。黒い作荷台の上に広がっていた大量の荷物は魔法みたいに袋の中に収まっていく。ちょうど二人の重さが同じくらいになるように計算されていることだけはちゃんと分かった。僕の方が少しだけ軽いのも。
「できた」
 すっかり詰め込んで冬馬君は満足げに笑う。僕は音を立てずに拍手のジェスチャーをして、リュックを背負う。
 店を出るともう陽は傾いていて、辺りは金色に光っている。ここからはもう徒歩で冬馬君の家に荷物を運ぶだけだ。名残惜しく思って隣を見上げると冬馬君もこっちを見ていた。目が合うとふっと逸らされる。
 横断歩道のレバーを引くと、押しボタンを押すためのギミックが軋んだ音を立てながらゆっくり動き始める。薄桃色の赤信号が地面を染める。俯いた冬馬君は横断歩道のしましまを足先でかき混ぜてマーブル模様にしてしまった。
 信号が変わる。僕らは歩き出さない。マーブル模様はゆっくりしましまに戻っていくけど、縦じまだ。もう元には戻らないのかもしれない。でも元ってなんだっけ。
 彼は顔を上げる。
「今日は楽しかった」
 教科書通りの台詞を、実感のこもった言い方で、冬馬君は口にする。
「またどっか行こうぜ」
 冬馬君が笑うと風で揺れる葉っぱがちりんちりんと金属質な音を立てた。祝福のベルにしては随分と安っぽい。
「約束だよ」
 と、僕は答えた。
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