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※監禁、ヤンデレ化 

 気付くと薄暗い部屋の中だった。
 アパートか何かの一室だろう、殺風景な部屋だ。唯一の家具は隅に置いてある簡易的なパイプのベッドだけ、らしいがよく見えない。背中側で両手をまとめて拘束され、ベッドの足に縛り付けてあるためだ。体を思い切り捻らなければベッドの様子が見えない。もっとも、見たところでその上にはマットレスとタオルケットが置かれているだけで、何かの役に立つような物も無かった。だが正面に広がる何も無いフローリングの床とその先にある閉ざされたドアを見ているよりはるかにましだ。
 ひんやりした床にじっと座っていると底冷えしてくる。しかしベッドの足なんていう悪趣味な場所に両手がつながれているせいで立ち上がることも出来ない。ついでに言えばベッドに乗ることも出来なかった。まったく、最低だ。体を揺すってみてもどうやら壁かどこかに固定されているらしくちゃちな簡易ベッドは少しも動かない。それでもなんとか身をよじって体勢を変えた。
 誰がこんなことをしたのかと言えば、意外としか言いようがない。お人好しで虫も殺せないような顔をしているくせに、僕の両手を躊躇いなく縛りあげ、冷たいパイプにつないだ、その男は。
「ただいま戻りました、薫さん。ご機嫌いかがですか?」
 部屋に入ってきた柏木はいつものように穏やかに笑った。
「最悪だ」
 顔も見ずに吐き捨ててやる。柏木は気にも留めず僕のそばに膝をついて僕の顔を覗き込む。手に持っていたビニール袋ががさりと音をたてて床に落ちた。
「薫さんにお土産を買ってきたんですよ」
 床に投げ出した袋を引き寄せてごそごそと探り始める。僕を縛り付けてから彼は待っててくださいねとだけ言い残し出ていったのだが、何を買ったのだろうと見ればそれは手錠だった。
 嫌な予感に逃げ出そうと身をよじるが固く結ばれたロープはびくともしない。その少し上に手錠をかけられる。かちゃんと鍵がかかり、手が離れた瞬間それは滑り落ちてロープに引っかかりまた音をたてた。ロープと手錠、二重に腕を拘束されたことになる。と、柏木は今度は袋からナイフを取り出し、僕のそばに跪いて、縄に刃を当てた。逃げ出せるのではないかと、わずかに期待した。隙を窺っているのに気付いたのか柏木は僕に刃先を向けた。
「動いたら刺します」
 いつもと変わらない穏やかな表情で言うものだから恐ろしかった。凍りついたように動けないまま、なすがままに切り終わるのを待った。
 きつく縛られていた縄がほどける。ほっとしたのもつかの間、今度は手錠に縄が結ばれ、その先がベッドの足にくくりつけられる。先ほどよりも余裕は出来たが逃げることは相変わらず出来そうにない。
「似合いますよ」
 少し離れて、手錠をかけられた僕を見ながら恍惚とした表情で言う。ぞっとした。彼は完全におかしくなってしまったのだと思った。
 僕の引きつった顔を無視して、また彼は袋を探り、コンビニで買ったらしいおにぎりを取り出した。
「薫さん、お腹空いたでしょう」
 包装を破りながら言う。食事を与えられないかと危惧していたので安堵した。
「はい、どうぞ」
 彼の手から食べさせられるのかと思っていた。屈辱的ではあるが仕方がないと。だが彼の手からそれは滑り落ち、音をたてて床に落ちた。
 どういうことだと、見上げると柏木は微笑みそれを指し示した。食べろと言うのか。睨みつけるときょとんと首を傾げた。
「食べないんですか?」
「当たり前だろう!」
「でも、食べなきゃだめですよ。お医者さんですから分かりますよね。今食べないと片付けちゃいますよ」
 そんなことを言われても出来る訳がない。顔を背けると何を勘違いしたのか床は消毒済みだなどと言い出す。狂っている。
 頑なに顔を背けたまま無視していると、柏木はそれを拾い上げ、あっさりとビニール袋の中に捨てた。思わず彼を見つめる。信じられない、あの柏木が。いや、ここにいる彼はもう僕の知っている彼ではないのだ。
「そうだ、薫さんにプレゼントがあるんですよ……前から用意してたんです。待っててくださいね」
 待つより他ない。部屋を出て行く後ろ姿を呆然と見送った。
 彼はすぐに戻ってきた。手に青い首輪を持って。
 怖くて恐ろしくて仕方なかった。ほとんどパニックになって暴れると手錠ががちゃがちゃ音をたてた。彼は静かに近付いてきて、さっきと同じように僕のそばに跪き、動けない僕の首に手をかけ、そしてそれを留めた。喉のところできっちりと抑えられ、息苦しい。柏木は何度も僕の首を撫でるように手でさすった。
「素敵です……綺麗ですよ、薫さん。これ、初めて見たときから絶対薫さんに似合うと思って買っておいたんですよ。ふふ、正解でしたね」
 動物に付ける為のものなのか分からないが、そんなものを僕に似合うと考え購入してしまっておく行為は異常なんてものではなかった。そしてそれを使ってしまうことも。ずっと機会を狙っていたのだろうか、そう思うとぞっとした。そんな目で、僕を。
 首筋を這っていた手が止まった。ネクタイを無理やり緩め、黒いシャツの襟を開いて入ってくる。指先がそれに触れた瞬間、目的を悟って思わず叫んだ。
「っ、止めろ、それは……っ!」
 眼鏡がずれるのも構わずやたらめったらに頭を振り動く限りに身体をくねらせ暴れた。しかしわずかばかりの抵抗も虚しく、ネックレスはあっさりと彼の手に渡ってしまった。
「こんなもの、もう薫さんには必要ありませんね。薫さんにはオレがいますから」
 


姉さん、ねえさん、ぼんやりした意識に浮かんできた微笑みはしかし目の前の柏木の微笑と重なって薄れて消えた。
 

歪んだ愛情でも構わなかった。受け入てやろうと思った。

(未完)
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