春の名前を | ナノ

春の名前を

※付き合ってる

 春名さん、今日科学ありましたよね、春名が部室に着くなり旬が言った。
「……あったけど」
 なんでこいつは、よそのクラスの時間割まで把握してるんだ。呆れ半分、それから嬉しさ半分に春名は答える。
「では、考査範囲の復習プリント、貰いましたよね? 出してください。今日はそれをやります」
「え、部活は?」
「ハヤトが今日は打ち合わせでいないので。四季くんも先生に呼び出されたみたいですし、丁度いいです」
「……ナツキは?」
「ナツキは考査も近いので帰しました」
「オレは」
 深く考えずに言った言葉に、旬はため息をついた。
「一人で勉強が出来ますか?」
「……手伝ってください」
 よろしい、と旬は頷いて、春名にプリントを出すよう促す。鞄の中、クリアファイルに挟まったそれを引きずり出して机に広げた。
「どうです、出来そうですか? 僕の見た感じだと、最初の二問はいけると思います。待ってるのでやってみてください」
 はい、と殊勝に返事をして、春名はドーナツの飾りのついたシャープペンシルを握った。


 しばらく向かい合ってそれぞれの課題に取り組んでいたが、旬は先に終わったのか立ち上がって春名の隣に移動し手元を覗き込んできた。最初の二問は彼の言ったとおり出来たものの、どうも次から怪しくなってきている。自信無げな文字列を見やって、旬は微笑んだ。
「出来てるじゃないですか。良かったです」
「お、合ってる? マジかあ」
「はい。次は、そうですね、教科書を見るのがいいかもしれませんが」
 ちらりと春名に視線を寄越して、首を傾げる。
 いつも不意に訪れる彼の小さな甘えに、春名は顔をほころばせて、腕を回して幅のせまい肩を抱き寄せた。
「直接教えて欲しいな、ジュンせんせー?」
 腕の中で旬が力を抜いたのが分かった。手が伸びて春名のシャープペンシルを掴む。プリントに、几帳面な字で書き込みがされていく。旬が落ち着いた声で解説を始めるのに頷きながら、時々首を傾げながら、二人で問題を解いていく。
「……お疲れさまでした。終わりです」
「本当、ありがとうな! 助かる」
「いえ。何か質問はありますか?」
 本当の先生みたいだ、と苦笑いしながら、せっかくだし、と春名は隣の旬に顔を寄せた。
「ジュン、今日オレがバイトないの知ってた?」
「……はい」
「なんでナツキ帰らせたの?」
「それは、だから考査が近いので」
「一緒にやれば良くねえ?」
「……」
 意地悪だとは分かっているけど、旬が顔を赤くするので、ついつい質問を続けてしまう。自分の顔がにやけているのが分かる。
「だって、たまには二人でいてもいいじゃないですか……」
 俯けた顔を真っ赤にして、もごもご旬が言った。
「え? 何て」
「だから、二人で……聞こえてるでしょう!」
 突然旬が立ち上がって叫んだ。やべ、やりすぎたか。慌てて謝るが、旬は背中を向けて、部屋の反対側のピアノの前に座ってしまった。鍵盤を開けて、ぽんぽんと軽く音を出す。メロディーになっているような、いないような。きっとこれでも、ナツキには贅沢だと思われそうだ。実際、天才の演奏を独り占めしているのだから、贅沢なのだろう。
 独り占めと言えば。春名は目の前のプリントを見やる。考えてみれば当然旬だってテスト前な訳で、いくら秀才と言えどこんなに長い時間人の勉強に付き合っていては成績に響いてしまうはず。既に窓の外は暗くなりかけている。
「なんか、ごめんな」
「え?」
 ピアノの音が止んだ。
「ジュンのテスト勉強の時間とっちゃってさ」
「なんだ、そんなことですか。気にしないでください。僕だってちゃんと勉強はしてますから。それに人に教えるのもいい復習になります」
「そーか?」
「はい。春名さんは僕らに必要な大事なドラマーですから、成績を落とされてはそちらの方が困ります」
「……あい」
 釘を刺されて春名は肩をすくめた。
 再びピアノの音が鳴り出す。
「……去年、三人で部活をしていた頃」
 唐突に旬が喋り出した。落ち着いた声に柔らかなピアノの音が寄り添う。
「ハヤトが秋で、ナツキが夏で、僕が冬ですから、次の部員は春かななんて話していたんです。無論冗談ですけど。ありえないと思ってました。だから四季くんが入ってきたとき、正直すごく驚いたんです」
「へえ」
「でも春名さんが入ってきたときの方が驚きました。まさか揃うなんて思いませんでしたから。それに実はずっと軽音部にいたなんて」
「まあ幽霊だったけどなー」
「まるで青い鳥みたいだなと思ったんです。探してた春はずっとここにいたんだって」
 ピアノの音がふっと優しく終わった。旬が立ち上がって近づいてくる。黒い小さな影から目が離せない。春名の鼻先すれすれに立って、旬は身をかがめた。
「ところで、春で形容されるものがあることを知っていますか?」
「……何?」
 旬は笑った。随分と優しく。
「恋ですよ」
20151114

×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -