陽の射さない部屋 | ナノ

陽の射さない部屋

 狭いスタジオだった。小さなアパートの一室の、さらにそのうちのリビングに当たる一部屋を無理やり撮影エリアとして使用していた。本来ならばこんなチープな仕事は受けないが、影片のために多少の無理は仕方ないと内心考えている今の斎宮はわがままを通すほど傲慢にはなれなかった。
 フリーペーパーか何かに使うらしい写真のために二人は衣装を抱えてアパートまで赴き、その場で着替えて撮影に及んだ。更衣室として案内された部屋にはパイプベッドや家具が置いてあり、普段ここで生活しているのだろうと思われた。あまりお金は出せないけどね、と写真家で依頼主の男は言った。言葉を裏付けるようにスタッフはその男一人だけで、恐らくは趣味の延長で発行しているに違いなかった。
「でも、Valkyrieに頼めて良かったよ。人気もあるし、写真映えするしね」
「ありがとうございます〜!」
 影片はにこやかに応える。相手は斎宮より身長は低いが体重は明らかに上回っている体格の良い男で、影片の苦手とするタイプだったが、精一杯愛想良くしようとしているのが目に見える。媚びていると思ったがそれもまた成長なのかもしれない。黙っていろと言いかけた口をつぐんだ。
「それで、リーダーはどっち? できたらまた頼みたいと思って、早速打ち合わせしたいんだけど」
 男は交互に二人の顔を見る。見て分からないかと斎宮は苛立つが堪えて「僕です」と答える。
「長くなるから、影片くんは帰っていいよ」
「んん、おれも同席したらあかんでしょうか」
「遅くなっちゃうよ。ああ、宗くんは送っていくから」
 なぜ初対面の男に宗くんなどと呼ばれなくてはならないのか。鳥肌が立つ。影片は首を傾げ食い下がる。
「せやけど、帰る場所も一緒やし……お師さんに説明してもらうのも二度手間ですし」
「え、寮?」
「お師さんの実家に居候させてもろてます」
「ふーん……」
 少し不機嫌そうになった男はじろじろとこちらに不躾な視線を寄越し、斎宮の苛立ちも頂点に近付き今度こそ立ち上がって怒鳴りつける寸前だったが、「まぁいいか」と男が椅子から腰を上げたのでタイミングを逸した。
 長くなるという打ち合わせのために男がコーヒーを淹れてきて、紅茶が良かったと思いながら口をつけた。
 そこから記憶がない。


 うるさい声と金属の軋む音、それに粘着質な水音にぼんやりと意識を取り戻す。意味を為さない媚びた嬌声がひっきりなしに聞こえて不快だ。思考がまとまらない。形になりかけた考えはすぐに何かに押し流されて霧散する。全身が痺れて感覚がない。滲む涙で視界もはっきりしない。何も考えられない状態で、それでも必死に身を捩って何かから逃れようとする。
 次第に意識がはっきりしてくる。体が揺さぶられていて、それに合わせて暴力的な快感が腹の奥から全身を巡る。気を抜くとそれに流されてまた何もかも分からなくなりそうで懸命に意識を繋ぐ。やがて耳障りな嬌声が自分の喉から出ているらしいと気付く。ようやく焦点が合い、目に映ったのはあの写真家の男だった。
「……ぁ、な、なに……?」
「あれ、正気になった?」
 男は動きを止め、そこでやっと彼の性器が全裸の自分の中に埋められていることを知る。激しい嫌悪感に思わず悲鳴を上げて蹴りつけようとするが体が言うことを聞かない。
「ごめんね、お薬使ったからまだ動けないかもしれないけど、代わりに動いてあげるからね」
 男の手が頬を撫で、それだけで背中が震えた。
「や、やめろ、抜け……あああっ!?」
 抵抗しかけたところで腰を掴んで奥まで捩じ込まれ体が勝手に跳ねる。こんな気持ちの悪い男に良いようにされているのが許し難く、それなのに快感を得ている自分に絶望的な気分になる。小刻みに腰を打ち付けられると声が抑えられない。
「ああ宗くん嬉しいよ、気持ちいい? 影片くんより?」
 喘がされながらなぜここで影片の名前が出るのだろうとぼんやり思う。しかしまともに思考することは許されず男の動きに合わせてびくびく体を跳ねさせることしかできない。嫌だ嫌だと思うのに膝が閉じられず、押し退けようと男の肩に手を伸ばしたら力が入らず縋るような形になった。
 男の手で撫で回されると全身どこもかしこも気持ち良くって仕方なかった。馬鹿みたいに声を上げ不随意に体をびくつかせることしかできない。頭を振って逃れようとした時に視界の端に見慣れた黒い影が映り、よく見なくともそれがいつも自分の側にいる者だと悟る。可哀想な影片は後ろ手に縛られ口にガムテープを貼られて眠っている。昏睡に近い。
 哀れに思う。僕のことなど捨ておけばこんなことに巻き込まれずに済んだのに。
「影片くんもそろそろ起きちゃうかもね」
 斎宮の視線の先に目をやり、男はつまらなそうに呟く。影片に手を出すなと、それだけを回らない舌でなんとか切れ切れに言うと男は意地悪く笑う。それは宗くんの態度次第。
 男は執拗に宗くんと呼び掛けてくる。そう呼ばれる度に、なにか美しく尊いものが損なわれ汚されていくような感覚があった。それに手を伸ばそうとするのに腰を揺らされ思考は散逸していく。宗くん、宗くん、いっちゃん、りゅ〜くん、りゅ〜くんのお母さん、お師さん、影片、……仁兎。大切なものを手ずから破壊しているような感覚。いつの間にか肩に回した手は男の背中を抱きしめ、腰を浮かせてすり付けている。口からは媚びた声が漏れる。影片が目覚めたらこの姿を見てどう思うのだろう。絶対に見られたくないのにどこか期待している。男が動きを早め、頭が快感で塗り潰されていくが、今度は逆らわなかった。
20191210

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