幼なじみの話 | ナノ

幼なじみの話

※死ネタ

 後にサンタクローズを継ぐ少年が、後にアーサーを名乗る少年と出会ったのは雪の降る聖夜だった。といってもそれはロマンチックな偶然なんかじゃない。サンタクローズが生まれ育ったその街は、年がら年中雪が降って、毎日がクリスマスだったから。だから雪降る聖夜に二人が出会ったのは、偶然じゃなく必然だったのだ。
 煉瓦造りの建物の間、瀟洒な街灯の投げかける灯りの陰に、少年は座っていた。壁にもたれて足を投げ出して。肩に頭に薄く雪が積もっている。幸福ばかり詰め込んだような聖夜街にその姿はひどく異質で、それなのになんだか妙に似つかわしく見えた。
 サンタクローズが──その時はまだただの妖精だったけれど──赤い煉瓦と橙の光と白い雪ばかりの世界の中で、金に光る彼を見つけたとき、なぜだかとっさに守らなければいけないと思ったのだ。黄金色の輝きは粉雪に今にも覆い尽くされそうに見えた。はたから見れば銀の髪に白い肌をしたサンタクローズの方がよほど消え失せる役に相応しく映っただろうに。けれどその時のサンタクローズはなぜだか激しい焦燥感にかられて、金の少年に声をかけた。
 荒っぽく肩の雪を払い落とすと、少年は目を上げた。髪よりもずっとまぶしい金の光と、すみれ色の瞳がかち合う。
 こうして雪降る聖夜に、後に聖者を継ぐ妖精は、後に聖王を名乗る人間と出会った。


 銀の少年が振るった棘だらけのバットは大きく空振りし、危うく暖炉に突っ込みかけた。それを見て、金の少年はいたずらっぽく笑った。
「へへっ、全然当たらねーの」
「うっせ」
 ぐいっと前髪をかきあげ、サンタクローズはアーサーを睨みつける。ああ、なんであのとき守らなければと思ったのだろう。金の光は随分と強い。光に溢れる聖夜街の影として、妙な相応しさを持っていた片鱗は少しも見えない。睨み返してきたアーサーはふと真顔になって、こちらの顔を覗き込んだ。
「前髪長くね? 邪魔じゃないのか」
「は?」
「リサにヘアピンでも借りたら」
 それはアーサーにとってはからかいのつもりだったらしい。女の子みたいに髪を留めてみたらと。けれどもサンタクローズは真面目な顔で頷いて、彼の妹を抱いて喧嘩を見守っていた友人を見やった。
「はいはい。持ってるわよ」
 エリザベートは無茶振りなど慣れっこだという風に肩をすくめて苦笑して、どこからかヘアピンをいくつか取り出しサンタクローズの頭に手を伸ばした。彼は素直に従った。長い前髪を頭のてっぺんで留めるといささか目つきが良くなったようだった。すみれ色の瞳に赤いピンはよく似合った。
「きらきら、イヴもほしいよ」
 幼い妹がぐずる。エリザベートがなだめる。サンタクローズはアーサーと顔を見合わせて笑った。いつも通りの光景に目を細めるアーサーを、すっきりした視界で少年は再び睨みつけ、こっそりとバットを構えた。
「くらええっ!」
「うわっ!」
 窓硝子が割れ、とうとうエリザベートが怒鳴った。


 見つけ出した鍵を手に、サンタクローズは──今はもうサンタクローズではないけれど──夜空を駆け抜ける。目指すところは決まっている、この鍵を必要とする王様の元。それがサンタクローズの仕事だ。もう赤い服は脱ぎ捨て、妹に業務委託をしてはいるけれど。
 辿り着いた理想郷、目当ての場所に見当をつけ、サンタクローズは棘だらけのバットを振りかぶった。
 頑丈なはずの強化硝子はそれこそ華奢な硝子細工のようにあっさりと砕けた。分厚い一枚硝子の割れる轟音に張り合うかのように、警報が鳴り響く。耳を塞ぎたくなるような凄まじい音の洪水がまるで聞こえないかのように、サンタクローズはブーツの底で硝子の破片を踏みしめ、一歩ずつ、彼の元へと歩いていく。
「久しぶりだな」
「ああ」
 金色に光る男もまるで音を無視して、幼なじみに笑いかける。
「こんなに派手にやったら、アイツにまた怒られそうだ」
「聖王サマに怖いものなんてあるのか?」
「そりゃもちろん」
 轟音にかき消されて聞こえないはずなのに、何年振りかの会話はいつも通りに流れていく。当たり前だ、俺たちの絆はそんなにやわなもんじゃない。妙に誇らしく感じた。けれどもそれは違っていた。
 プレゼントだ。サンタクローズが鍵を渡すと、アーサーはにやりと笑った。昔と変わらない笑い方、のはずなのに、どうしてか不安になって、サンタクローズの胸が騒ぐ。
 大丈夫だよな。問いかけは相手に届かなかった。鍵をしげしげと眺めている。大丈夫だよな、もう一度怒鳴りつけるように訊くと、アーサーはようやく目を上げて、またにやりと笑った。そして何か言ったようだったけれど、サンタクローズには聞こえない。もう何故彼が笑うのかさえ、サンタクローズには分からない。幼い頃は言葉なんていらなかったのに。
 大丈夫だよな。サンタクローズは口の中でつぶやいて、無理やりに笑った。
「後はオマエに任せたから」


「妖精ってさ」
「え?」
「オマエたちってさ、長生きするんだよな」
「……うん」
 どうして彼がそんなことを訊くのか分からなかった。彼の種族の違いについて、ごちゃごちゃと言う者は多く、彼らを思い出してサンタクローズは不機嫌になった。 
「じゃあさ、いつか俺が伝説になるようなことしたらさ、残してくれよ」
「なんだそれ」
 本気で意味が分からない。なんだこいつ。
 いつもの河原、喧嘩の後の傷だらけの顔で、金の少年は笑った。
「約束だからな」


 サンタクローズは、ただの妖精は、夜空を駆ける。間に合ってくれと、その一心で、天高くそびえる塔へと。もう手遅れかもしれないと心の奥では知っていたけど。
 ずっと思っていた。なんでオマエは、アーサーなんて名乗ってるんだ。昔話の中で死んだ王様の名前なんて。なんで、アーサーを裏切った人間の名前を、殺した人間の名前を部下につけたんだ。
 妖精は長生きする。ああ、そうだ。だからオマエが成し遂げたことを、オマエの孫のその孫にだって語ってやれる。心の中じゃ信じてないくせに礼儀正しく目を輝かせるそいつに笑いかけてやることだって出来る。なあ、家族が欲しくて、集めた部下に名前をつけて、そうして庇って死んでいった男の話なんか、俺はしたくないぞ。オマエの望みだって、そんなものじゃないんだろう? なあ、
 返事をしてくれよ。
 白百合の花が咲いていた。
20151114

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