告解 | ナノ

告解



 鵺雲さんに告白しようと思う。
 告白というのは罪の告白ではなく、愛の方だ。ずっと好きでした。付き合ってください。できれば永遠に一緒にいてください。
 それが一番幸せになれる道だと、俺は信じている。
「佐久ちゃんもそう思うよね?」
 佐久夜はいないので、返事はない。
 部屋を出る前に服装を見下ろす。緩いズボンにパーカー、昔二人でアウトレットに行った時に買ったお気に入りの上着。告白にはちょっとカジュアルすぎたかもしれないけど、もう時間もないし、ていうかきれいめな服持ってきてないし。頑張ってお店で探した蛍光ピンクのスニーカーを合わせて、家を出た。振り返らない。

 駅前で待ち合わせだったが、人が多くてなかなか見つからない。ピンクのカバーを着けたスマホを取り出す。パスコードは0303。電話帳を探していると、ちょうど目当ての人から着信がある。登録名は『九条やくも』。変換サボるな。
『──ああ、やっと繋がった』
 懐かしく感じるくらいの声が聞こえる。
「鵺雲さん! ずっと掛けてたんですか? 気付かなかった」
『……えっと、ずっと佐久夜くんの方に掛けていたのだけど。巡くんは一緒にいるのかな』
「俺だけですよ。今どの辺? 俺もう駅にいるんだけど」
『南口の……』
 通話しながら移動して見回し、鵺雲さんを見つける。離れたところからでも分かる、変わらない存在感。その人がこちらに気付いて、ふっと微笑む。それだけでどぎまぎしてしまう。
「……鵺雲さん!」
「やあ。久しぶりだね」
 通話を切ってスマホを仕舞う。鵺雲さんは俺を見下ろして、僅かに何か言いたげな様子を見せたけれど、結局いつもの曖昧な笑みを浮かべるだけだった。
 案内しますね。先に立って歩き出す。後ろで鵺雲さんの革靴が品のある足音を立てる。自分が酷く変な格好をしている気がして不安になってくる。左手を固く握り締める。

 予約したイタリアンレストランは、想像通り洒落た店だった。凝った内装が照明に輝いている。この間前を通って、いつか来たいねって二人で話していた場所に、鵺雲さんと来ている。
 奥まった個室でメニューを開く。
「食べれる分だけ頼んでくださいね。食べ切れなくても、俺食べませんから」
 一応釘を刺しておくと、「そうなの?」と鵺雲さんは首を傾げ、注意しておいて良かったなと思う。俺は人の分まで食べられるほど大食いじゃない。佐久夜じゃないんだから。
 運ばれてきたランチセットにそれぞれ手を付ける。急にテーブルマナーが心配になってくる。フォークは右手とか、あったっけ? 下向きに伏せた左手で皿を押さえ、右手でパスタを巻く。体の動かし方まで分かんなくなったみたいにぎくしゃくとしてしまう。
 鵺雲さんは上品にゆっくりゆっくり食べ進めている。彼は食事中に喋ることはない。俺たちの文化とは違う。俺たちも家ではかなり厳しく躾けられてた方だとは思うけど、鵺雲さんは俺たちと違って反発なんて考えたこともないんだろうな。
 鵺雲さんもなんとか食べ終わり、食後のコーヒーを前に俺は緊張しながら背筋を伸ばした。今日の本題。
「……あの、鵺雲さん。今日はいきなり呼び出してすみません」
「ああ、構わないよ。僕もたまには外出したいし……比鷺は悲しんで大変だったけれど! せっかくまた一緒に暮らせるのに、僕が居なくなると心配みたい」
「弟さんには俺が謝っていたと伝えてください。それで……」
 視線は逸らさない。栄柴巡はそういう人間だから。
「俺と交際してくれませんか。恋人になってください」
 頭を下げると、耳元でピアスが揺れて微かな音を立てた。
「……ええと」
 戸惑った声が聞こえて、俺はその時初めて、拒絶される想定をしていなかったことに気付く。にわかに焦りだす。そんな、どうすればいいんだ? 断られる? 何でもしてあげるとまで言ってくれたのに?
「顔を上げて。僕は君と交際はできない」
 目の前が暗くなる。目眩を堪えながら頭を上げた。店内に流れるジャズが場違いに明るい。鵺雲さんは困ったように眉を下げ、握り締めた俺の左手を一瞥する。これじゃ駄目なのかもしれない。この掌を開いてみせたら、あんたは交際してくれるの?
「僕なんかで良ければ、と言いたいところなのだけど。君は──」
「幸せになりたいんです」
 俺の声は変に低く、無礼に遮ったように聞こえた。
「幸せにならなきゃいけないんです。どうか……」
 声が掠れた。俺を眺める鵺雲さんは、見慣れたあの余裕ある薄笑いに戻る。完全に、何かを見透かしてしまったようだった。
「佐久夜くんと話したいな。会わせてくれる?」

 俺たちが新しく住み始めたアパートは、築年数のわりに安く、騒音もない。1DK。ワンの部分は二人で使う大きなベッドで埋まっているから、大体のものはダイニングに置いてある。
 そこに鵺雲さんが座る。二人で使うはずだった対のクッションの片方に正座している。安アパートにいても彼は輝くようで、フラれたてだっていうのにそう感じてしまうから、どうしようもなくこの人に惹かれていることを自覚する。
 彼は何か確かめるみたいに部屋を見回す。といっても大して物はない。家出をした俺たちには余裕がなく、家電は単身者サイズの冷蔵庫と洗濯機がやっとだったし、家具らしいものはテーブルと洋服掛けくらいのものだ。
 ペアのマグカップ。水色の方を鵺雲さんに渡して、淡いピンクの方は俺が。俺たちが使うはずだったもの。レンタカーを借りて、電気屋と家具屋と百円ショップを回って買い揃えた、俺たちの部屋。結局ほとんど使うことはなかった。ペアの食器、靴下、必要だと思って買った寸胴鍋、全部。
「佐久夜くんは……」
「佐久夜はもういません」
 見て分かるだろう。何もかも二つセットなのに、俺しか住んでいない部屋。片方だけが使われて、片方は新品のまま。
「やっと、やっと幸せになれるところだったんだ! あいつは、これから」
 この部屋に住み始めて、翌日だった。朝起きた時には彼はもう冷たく固まっていた。昨日はあんなに楽しそうに、俺と家具を選んで部屋に飾って、これから一緒に暮らすんだねって笑っていたのに。
 喉が痛くなって、乱暴に目元を拭う。
「だから、鵺雲さんでもいいから」
「僕に言えないことがある?」
 鵺雲さんは輝くように美しく、相変わらず神様のように俺を見ている。きっと赦してくれるだろうという確信を与えてくれる。それは途方もない誘惑だった。俺はキッチンの使い込まれた圧力鍋の方に視線をやり、様々なことを考えあるいは思い出し、結局目を伏せてしまう。
 しばらくの沈黙、彼は立ち上がった。
「整理が付いたら、相模國に来ればいい。僕か比鷺か、どちらかは居るから。どちらだったとしても力になるよ」
 いくら九条鵺雲でも、罪を告白しない人間を赦すことはできない。それでも、栄柴巡に罪は無いので、何も言えなかった。

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20240511


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