中身を教えて | ナノ

中身を教えて

 兄の部屋は、彼が出て行ったその時から手つかずのままにされている。彼の行方が分からない間は腫れ物のように、居場所が知れてからもなんとなく人は寄り付かなかった。定期的な掃除以外では誰も立ち入らない。
 比鷺だけが、ひっそりとそこを訪ねた。
 鵺雲の部屋なんて比鷺にとっては最悪だ。本棚なんか見ただけでぞっとする。そのはずなのに、比鷺は鵺雲が消えた日から何度もここを訪れている。主を失った部屋は余所余所しく来客を迎え入れる。兄が居た頃と景色は変わらないように見える。大学で使っていたらしい参考書すらどうでもよさげに放置されている。
 あの日から時間が滞っているような部屋の中で、比鷺はクローゼットを開ける。衣服が整然と並んでいるが、何本かハンガーが空いている。持って行ったんだ。あいつが。
 最初にそれを見た時は気にも留めなかった。そりゃああいつにだって服は必要だもんなと思っただけだ。しばらくしてから、どうしてもそれが気になった。そこに下がっていたはずの服を特定しなくては気が済まなくなった。比鷺は慌ててその部屋に戻って、残された服と記憶を照合していった。幸いにも比鷺は記憶力に優れていたので、作業は簡単だった。数十分で比鷺は鵺雲の持っていった衣服を突き止めた。
 こんなことして何がしたいんだよ。分かっているくせに比鷺は自嘲して、それから、残された服を眺めた。兄も大して服装に興味はなかったから、出入りの業者が持ってくるものから適当に選んでいただけのはずだ。
 突き止めただけでは収まらなかった。衝動的にシャツをハンガーから毟り取って、慌ただしく服を脱ぐとクローゼットの中身を身に付けていった。
 そうして姿見の前に立つと、そこには確かに鵺雲の気配があった。
 あれ以来、比鷺は時々こうして兄の部屋に侵入しては彼の服を借用している。
 上下を選び出して兄が着ていた組み合わせを再現できると安心した。複数回見たことのある組み合わせだとなお良かった。推定ではあっても彼のお気に入りが残されていると思えた。
 お気に入りの服を選んで出掛けていく余裕はなかったのだと思えた。
 鏡の中で九条鵺雲の出来損ないは恨めしげにこちらを見ている。こんな格好をしたところで何にもならなかった。九条比鷺は九条鵺雲にならずに済んだ。九条比鷺は九条鵺雲になれなかった。それだけだ。
 もっと九条鵺雲に似ていたら、あの人のことが分かったんだろうか。ねえ、あんたは何を考えてたの。どうして俺を置いていったの。
20240408


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