出発点と現在地 | ナノ

出発点と現在地

親世代だいぶ捏造

「和津見さんだー。偶然ー」
 栄柴循が出掛けていくのを見送って自宅に戻ると、その息子がちょうど通りかかった。一瞬時間が巻き戻った錯覚をする。だが巡が口を開いて微かな懐かしさを断ち切る。
「そうだ。佐久夜が今どこに居るか知ってます?」
 佐久夜。自分の息子。我が子というよりは、部下とか跡継ぎとかそういう意識の方が強い。恐らく本人もそう感じているだろう。
 彼が今どこにいるのかは知らなかった。必要とされている時に、配下の者の居場所を把握していないのは失態でしかない。
「……存じません。申し訳ありません」
「水族館ですよ、深海魚の!」
 巡が言った意味が急には飲み込めずにまばたきをする。
 巡は隣に寄ってきて、スマートフォンの画面を見せてくる。地図に丸く現在地らしい印が点滅している。小さく水族館の文字も見えた。
「ま、ここは俺とも行ったことあるし……また行きたいくらい楽しかったのかな? あいつ水槽見ても『これ食べれるのかな……』みたいな顔しかしてなかったくせに」
「……これは?」
「GPS。佐久ちゃんのスマホの」
 巡は佐久夜の居場所が知りたかったわけではないらしい。わりととんでもないことも言われた気がするが、巡が佐久夜の所在を知っておくのは正しいことだ。佐久夜がそれを承認しているかどうかは関係ない。
「えー、どうしよ。俺も和津見さんとデートしちゃおっかな」
 巡はこちらの顔を見上げてにっこり笑った。
 自分たち親子がそうであるように、巡も父親によく似ている。ただ、それは顔だけの話で、表情は随分違った。彼の父はこんな風に笑わない。
 もっとも、二人が違う人間であることなんかもっと正確に感覚で理解している。なにせこっちは二人が舞うところを見ているのだ。並び立つことこそ無かったが違いは分かる。
 比較なんてことが許されるなら、正直なところ、彼の父親の方が、循の方が好みだった。優れていると思っている。巡のように派手なものではない、重々しく鬼気迫っていた彼。
 巡はこちらの内心に気付いたようにむくれてみせた。
「遊び回ってるあいつのどこがいいの?」
「……遊んでいるわけではありません」
「知ってるけどー」
 彼の父親は全国を飛び回っている。今日だって新幹線の距離だ。それもこれもこの地のためなのだから悪く言われる筋合いはない。軽くたしなめると巡は視線だけ上げた。
「あいつなんて呼んでたっけ? 和津見だから和津ちゃん?」
「……そ」
「そんな呼び方してないって? 知ってるよ、名前呼ばれたことないんでしょ。寂しかったね」
 訳知り顔で憐れまれる。寂しい? 意味が分からずに黙ってしまうと、「そうやって固まるとこそっくりですよね」と巡はなぜか落ち込んだようだった。
「俺の佐久ちゃんもこんなおじいちゃんになるんだなって思ったら萎えてきた……」
 巡は真剣に悲しんでいるようなので、反応に困る。息子の歳を考えれば、孫がいてもおかしくはないのかもしれない。かといっておじいちゃんと呼ばれるような年齢でもない。
 佐久夜は特別若い時の子供というわけでもないが、遅くもなかった。主人たる循は騙し騙し脚を使っていたが、限界が来たことを悟るとすぐに妻を娶った。子供ができたようだと告げられた時は安定期に入ってもいなかったが、それを聞いてすぐにこちらも子供を求めた。化身持ちの子ならば問題など起こるはずがないと思ったからだ。果たして栄柴の長男は化身を持って無事に産まれた。
 その子が立派に成人して覡となって、今はなぜか目の前でスマホにため息をついている。さっきから表情の展開が早い。自分の息子は彼のこういうところも好んでいるのだろうかと想像してみる。よく似た親子の二組なのに、全く違うものでもある。
「初デートで水族館はやめろって言ってあるんですよ。あいつが俺の言葉忘れるわけないじゃん」
 巡のことはよく分からないが、佐久夜のことで憂いているなら謝った方がいいのかと思う。それを求めてここに来たのかもしれない。
「家の者がご迷惑を……」
 頭を下げかけると、巡は素早く言葉を遮った。
「あんたに責任はないよ。あれを作ったことも俺と出会わせたことも」
 表情が消えると父親に瓜二つだった。顔だけは。
「あれは俺のものだ。たかが父親が責任者面しないでくれる?」
「……失礼を致しました」
 今度こそ深く頭を下げる。彼らは自分たちとは違うところに至ったのだと、どこか寂しさも覚えた気がした。
「あんたもさあ、一回くらい循って呼んであげれば良かったんだよ」
 また憐れまれる。栄柴の言うことならそれが正しい。はいと応えた。
20240212


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