うるさい黙れあっち行け | ナノ

うるさい黙れあっち行け

 何かにつけて兄と比べられては差分をことごとく誤りと見なされて生きてきたので、兄が異常なのか自分が間違っているのか、たまに自信が無くなる。
 しかしそれにしたって今回は輪を掛けて意味不明だ。だって崖だぞ。突き落とされてるんだぞ。殺されかけたっていうのに怒りも恐怖も何もないらしい。それどころか何か面白いことでもあったみたいに珍しい表情で笑ってみせもする。なんだあいつ。本当に嫌いだ。
 鵺雲は絶対的に正しいことになっていて、だから犯人なんかを気にする比鷺は間違っているのだろう。だがそう思いたくはなかった。だってそうじゃなかったら。

 病院から帰ってきた鵺雲はようやく額に巻いていた包帯が取れて以前のままの顔を見せていた。その様子だけこっそり隠れ見て部屋に引き上げようとしたのに、あっさり見つかり部屋まで着いてこられた。来んな。
「比鷺が心配してくれるなんて嬉しいな」
 兄は馬鹿みたいなことを言ってにこにこしている。嬉しいわけないだろ死にかけてるのに。バカ。
「帰って……」
「比鷺のパソコン、ピカピカしててかっこいいね」
 兄は興味深げに部屋を見渡す。退散してくれそうな気配がないので、仕方なく天井の灯りを点けてベッドに座る鵺雲の前に立った。見上げてくる彼の前髪を払って額を晒させる。白い肌の中に一層白く傷痕が走っているのを見て叫び出したくなった。
「それは残ってしまうそうだけど、でも目立たないでしょう?」
 目立つとか見えないとかそういう話じゃないんだよバカ。
「比鷺にしか見えないよ。こんなに近くにいるのは比鷺だけだもの」
 鵺雲は囁くように言って、前に立つ比鷺の腰に手を回した。機嫌を取られている、というか、あやされている。不愉快。
 こんなことで誤魔化されてたまるか。いそいそと押し倒してくる兄を睨んでみるが、奴は意に介さず顔を寄せてくる。逆光になって前髪もかかると傷痕はどこにも見えない。相変わらず一欠片も損なわれない完璧なままだ。不本意ではあってもそれを確認して少し慰められたのも事実だった。
「気になる?」
 鵺雲は比鷺の手を取って、自分の頬に触らせた。そのまま確かめさせるように導かれる。白い喉に手がかかる。このまま両手で締め上げたら、鵺雲も死ぬんだろうか。
「僕のことなんか、比鷺は好きにしていいのに」
 考えを読んだみたいに鵺雲は笑った。バカ。バカバカバカバカバカ!
「……もっと大事にしろよ、自分のことも」
「この上なく誇りに思っているよ。僕は九条家の嫡男で、比鷺のお兄ちゃんだからね!」
 傷痕が見えるくらいの距離に居るっていうのに、言葉が通じているのかすら疑わしい。すれ違った実感さえ無い完全な空振り。こっちがどんな気持ちでいるか分かってんのかな。分かんないんだろうな。どうせ一生。どこまでも正しい兄は、相反する意見なんか理解しようとしない。
「……大嫌いだ」
 言葉の通じない彼はやはり嬉しそうに微笑むだけだった。
「比鷺はお兄ちゃんが大好きだね」
「んなわけあるかバカ。バーカ」
 鵺雲はいつだって正しい。
20240120


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