燃えて残った骨を食む | ナノ

燃えて残った骨を食む

全て捏造

「朝ごはん何だった?」
「焼いた鮭」
「美味しかった?」
「ああ」
 巡よりも先に声変わりをしたので、巡は面白がって何かと喋らせようとしてきた。佐久夜は毎回律儀に応えるが、最終的に大笑いされて終わるのでやや辟易としてきていた。
 とはいえ三日も経つと彼も飽きたのかそういうことも少なくなった。ランドセルをかちゃかちゃ鳴らしながら二人で並んで登校している。ここ数日は質問責めに合っているが、そうでなかったその前は大抵巡の方が一人でよく喋った。そういえばなんだか最近は巡の口数が以前より減っているような気もする。
 今の巡は興味深げに佐久夜の突き出た喉の骨をつつこうとしながら黙っている。変なところを触られて噎せないか心配だったし、普通に恐怖も感じて全体的に不快だったが、好きにさせていた。この家の人間には従うように育てられている。
 父親が言うには、自分達が尊ぶべきは歴史や伝統といったものであるらしい。佐久夜はまだその辺りを正しく理解できていない。才能そのものに尽くしてはいけないのかと内心では疑問を抱えている。
 巡には才能がある。
 初めて彼が舞うのを見せてもらった時のことを鮮明に覚えている。巡はそこにいる誰よりも、大人よりも優れていた。少なくとも佐久夜はそのように思った。幼児と言える年齢だったので他に難しい感想は抱けなかったが、とにかく深く感動した。
 それから少しずつ歳を重ね、段々と理解し始める。自分と歳の変わらない少年が素晴らしい才能を持っていること。それから、その彼が自分を一番の友達として扱っているということ。
 何を置いても、巡は真っ先に佐久夜の元に来る。巡の荷物を持ってやったり、あるいは手を繋いでもらったりしながら、佐久夜は内心得意になっている節がある。この素晴らしい才能を持つ人に仕える幸福を、周囲に知らしめたいと願うところが少しもないなんて言えない。
「ねえ佐久夜」
 名前を呼ばれて、佐久夜は回想から立ち返る。佐久夜の喉を狙うのを止めて、巡は自分の喉を触っていた。
「声変わり怖かった?」
 少しも、と答えようとして、恐ろしい可能性に気付く。
 巡にもいずれ変わる時が来るのだということ。その時、彼の才能は見る影もなく綻びて失われてしまうのではないかということ。
「……怖い、かもしれない」
 結論としては、そんな憂慮は必要なかった。巡は声変わりを済ませてもなお優れていたし、そして何より、変声後の彼が舞台に立った期間は一年にも満たなかった。佐久夜のせいだ。


『今すぐ来て!』
 夜も更けてからメッセージで巡に呼び出され、高校の課題を放り出して慌ただしく向かいに走る。わりとよくあることなので向こうの家の使用人も同情の顔で通してくれた。わがまま坊っちゃんに振り回される可哀想な近所の幼馴染みにでも見えるのかもしれない。
「入るぞ」
「やっと来たあ!」
 巡はベッドの上で、上体を起こすことすらせず布団から顔だけ出していた。佐久夜は勝手にベッドサイドライトを点けて勝手に椅子を引いて側に腰かける。
「で、何の用だ」
「ちょ、単刀直入すぎー」
「明日も早いんだ。何だ」
「脚が痛くて寝れない」
 保冷剤でも取ってきてやろうかと思うが、脚をさすれと言われる。掛け布団に手を突っ込んで片足ずつさすってやる。
「俺が寝るまで続けててね」
「なら早く寝ろ」
「せっかくだし何か喋ってよ」
「寝ろ」
「こわ……」
 佐久夜自身も大概眠い。毎朝早いので、その分寝るのも早い。本当はそろそろ布団に入りたい。
「……最近脚がずっと痛くて」
「成長痛だろ。気になるなら病院に行くか」
「伸びるかな? 佐久ちゃんより背高くなるからね」
 実際、ここ最近の巡は急激に身長が伸びているようだった。佐久夜より一回りは小さく、立って並んでもつむじが見えていたはずなのに、いつからか見えなくなっていた。
「佐久ちゃんは成長痛あった?」
「覚えてないな。俺は昔から大きかったから」
「佐久ちゃん抜かすの楽しみだなー」
 変声期にも似たようなやり取りがあったような気がして記憶を引っ張り出し、昔の杞憂を思い出す。巡の才能が損なわれることを恐れていたかつての自分。もし自分が選択を誤っていなければ、今も成長痛に対して同じ恐怖を抱いていたんだろうか。あるいはそんなこと考えもさせないくらい、完全な舞を見せつけてくれていたのかもしれない。手足の伸びた彼はどんな風に舞うのだろう。何もかもが虚しい妄想でしかない。
「ねー佐久ちゃん、眠かったら隣入っていいよ」
「脚はいいのか」
「良くなってきた」
 ありがたく布団に入り、すぐに絡みつこうとしてくる腕を鬱陶しがりながら手を伸ばしてライトを消した。
 巡の隣で眠ることを許されている。寝顔も見たことがある。巡は相変わらず、自分を一番の親友として扱っている。そのことにもう、かつてのような浅ましい誇らしさが無くなってしまったことを、佐久夜は封じ込めている。優れていなければ尽くす価値が無いなんて、この世で自分だけは思ってはいけない。
 誰もが彼の才を忘れてしまったら、佐久夜は単に歴史だか伝統だかに仕えているように見えるだろう。佐久夜が過去に焦がれ続けていることになんか誰も気付かなければいい。骨の軋む音が聞こえる気がしている。
20240106


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