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未完

 持っているかいないかで言えば間違いなく人より多くのものを持っているくせに、九条鵺雲は与えられることにも慣れているのだった。
 やたらと背が高いせいで彼がいるとすぐに分かってしまう。できれば意識しないまま生きていたいのに目に入ってくるから仕方ない。今日も社の前に立っているのを遠くからでも見つけてしまった。あーもう気づいちゃったし、家の目の前だし、しょうがないから話しかけるか、それにしても立ってるだけで絵になるな……などと考えながら近付いて、彼の正面に女性が立っていたことにやっと気がつく。
 女の子を見落とすとか不覚すぎる。いやでも鵺雲さんの陰になってたし。彼の方に気を取られすぎてたとか、見とれてたとか、そんなことはない。断じてない。
 女の子はぽーっとなって鵺雲を見上げている。分かるけど、すごく分かるけど、その人、君よりその辺にいる良い感じの柄の猫の方がよほど価値があると思ってるような人なんだけど!
「鵺雲さんじゃん。どうしたんですか?」
「やあ。巡くん」
 女の子も巡を見る。知らない子だ。
「えー、鵺雲さんのファンの子? はじめましてー! 俺とも仲良くしてくれたら嬉しいな」
 フレンドリーに笑いかける。女の子は巡に戸惑って会釈を返した。この感じ、手強いな。鵺雲の顔ファンであるならむしろ振り向かせやすい。色んな意味で取っ付きにくい感じのする彼よりは、自分の方が手の届きそうな印象を与えるだろう。
 だけどこの子みたいに鵺雲に心酔しているようなのはやりにくい。実力で彼を捩じ伏せ視線を奪い返すのがどれだけ大変か、舞車三台を犠牲にして嫌になるほど実感した。
 できないなんて欠片も思わないけど。
「鵺雲さんってば、もしかして色男枠でも狙ってます? そこはもう俺がいるんだけどなー」
「まさか! 僕が巡くんから何か奪うわけないじゃない」
「ははー、そうですねー」
 九条家、嫡男、殴る、罪、検索。
 家柄とか関係なく、人を殴っちゃいけないらしいです。
「佐久夜なら無罪なのに」
「?」
 鵺雲と適当に歓談していたら、居心地が悪かったのか女の子は挨拶と共に足早に去っていってしまった。
 ようやく巡は気になっていたことについて尋ねる。鵺雲が持っている紙袋だ。
「これ? さっきの子に頂いたんだよ」
「マジすか」
 袋には知っているブランドロゴが刻まれている。巡でも買わない、かなり高級路線のところだった。大きさからして財布なんかの小物だろうか、何にしろ恐ろしく値が張るだろうことは明らかだった。
「やっば……」
「巡くんが貰う?」
「え!? あんたが貰ったものでしょ」
「実質僕ら三人宛てみたいなものでしょう。それに僕が頂いても保管する場所がないし」
「実家に送ればいいんじゃないですか?」
「僕が何か送ったら騒ぎになってしまうから……。向こうには比鷺がいるし、うるさくするのは可哀想だよね。比鷺は周りがうるさい程度じゃ動じないのだけど。あの子はとっても集中力があって」
 巡も女の子にプレゼントを貰ったことくらいある。結構ある。女の子に財布を取り出させないことを信条としているため、代わりに何かと礼を貰いがちだった。だけどこんなイカれた額のものはさすがに貰わない。
「比鷺はコントローラーを使うのがとっても上手であっという間にゲームをクリアしてしまうんだよね。本当に素晴らしいボタン捌きで、きっと世界でもあんなに上手な子はいないに違いないよ」
 最近は女の子と話すことすらない。鵺雲はこうして貢がれているのに、巡は全力を出すほど人が遠ざかっていく。なんでだ。
「それでひーちゃんが後ろをちょこちょこと着いてくる愛らしさといったらなかったね。当時は階段を使わないようにしないと着いてこれないひーちゃんが泣いちゃって」
 話聞いてないうちに過去編に突入してるな……。
「じゃあ、一旦そいつはうちで保管しようかな。帰る時に持ってけばいいし」
「比鷺は渡せないな」
「いや、その荷物の方」
「ああ、びっくりしちゃった」
「あんたの発想の方がびっくりですけど……」
 ちょうどその頃遠く離れた海沿いの町で少年が突然の寒気に襲われていたが、巡たちが知るよしもない。
20231210


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