ひとりだけひとりぼっち
みしばが仲良し
きっと俺は生涯まともな恋愛はできない。わりあい小さい頃から抱き始めた諦念を、比鷺は幼馴染たちに言わない。言えるわけがない。そんなことを言ったら彼らはきっと、比鷺のいつものネガティブだとやんや言いながらさりげなく同情して気遣ってくれるだろう。それが嫌だった。自分だけ違うものみたいに感じてしまいそうなので。
親友たちに言えないのだから当然この世の誰にも言うつもりはなかった。それなのにうっかりしていた。鵺雲が悲しげに見えたり、彼に何かしてやらなきゃいけないような気がしたりするのは全部錯覚だと、何度も自分に言い聞かせているのにまた失敗した。
比鷺の悲観を聞き出した鵺雲は晴れやかに笑った。
「それじゃあ、お兄ちゃんが比鷺の恋人になってあげるね!」
なんでだよと思うがはね除けることはできなかった。
ことあるごとにかわいいだの大好きだのほざくのは昔から変わらない。だから恋人だとぬかしやがってから二人の間に新しく増えたことと言ったら、一口で言ってしまえば性行為だった。あほくさ。
鵺雲の相手をするのはいつどんな用でも常に最悪なのに、人に言えない関係を持つなんて更に輪をかけて最悪の最悪だった。
クソ兄貴、こういうことがしたいから相手探してたってわけ? ほんとクソ、なんなんだよあいつ! めちゃくちゃムカつくべきだと思ったし、確かに心から腹を立てているのに、だけどちょっと愉快でもあった。あいつにも俗っぽいところあるんじゃん、という──安堵にも似ている。
とはいえ幼馴染たちにはこれも当然言えない。実の兄とセックスしてるなんて、しかもそれが結構いいだなんてとてもじゃないが言えるはずがない。
恋人って言うならせめて、なんか美味しいもの食べるとか、ちょっと出掛けてみるとか、そのくらいのことなら彼らに話してあげてもいい、と思うのに。鵺雲はそういうことはしなかった。多分そういうことをあいつは知らない。一般的な感性なんて一ミリも持ち合わせてないんだから。鵺雲だって、まともな恋愛が出来ない奴なんだ。
『新作飲みに来た!見かけたら声かけてね♥ #秋フラペ #仲良し #鵺雲さんってなんで一番大きいの頼んじゃうの? #佐久ちゃんが飲みました』
SNSで見張っているアカウントに上がった写真では、兄が飲み物に刺さった太いストローを咥えて目を丸くしている。写り込んだもう一人が気遣うように兄を窺っている。
まともなデートみたいなこと、出来るんじゃん。半笑いみたいな気持ちで比鷺はSNSを閉じる。別にあいつとああいうことがしたいわけじゃない、並んで出掛けるなんて絶対に嫌だし甘いのも好きじゃない、けど。
俺は生涯まともな恋愛が出来ないんだなって思っただけ。
20231014