SSRくじょたん(ルームに置けるミニキャラ付き) | ナノ

SSRくじょたん(ルームに置けるミニキャラ付き)

 あらすじ 千切ったら取れた

「あ」
「あって何!? 今あって言ったよね遠流!?」
「うるさいな。何にもないよ」
「でもなんかブチってなったような」
「なってない」
 不信げな目を向けてくる幼馴染みに、強い意思できっぱり否定するとそういうのに弱い奴はなんかうにゃうにゃ言いながらも引き下がった。内心で汗を拭いつつ今比鷺から千切り取れちゃった何かを後ろ手に尻ポケットに捩じ込む。柔らかくて生き物じみた温かさのあるそれがなんなのかはまだよく見ていないから分からないが、比鷺から千切っちゃったことがバレたらどうせぎゃーぎゃーうるさいから内緒にしておく。
「……じゃあ僕行くから。三言によろしく。稽古出ろよ」
「やってるし! 駅まで送る?」
「いい。お前は七時間配信とやらの支度でもしてろ」
「な、なんで知って……遠流、結構ファンだよな」
「ふん、お前が何時間あの恥ずかしい配信をしようが構わないけど、迷惑なことにだけはなるなよ」
「はー、俺は天才実況者なんだから身バレとかしませんし! 今回は絶対炎上しないし!」
「それじゃ、週末に」
「いってらっしゃーい」
 比鷺の部屋のドアをきっちり閉めたあと、ポケットに詰めた何かを引っ張り出す。なんだろうと観察しようとして、それが動き出して思わずぶん投げそうになった。握り直してまじまじと見つめる。
 比鷺だ。手のひら大の、二頭身の、比鷺だ。

 電車で都内に向かうのは結構時間がかかるけど、仕事が山ほどあるから昼寝の時間にも当てられない。メールを確認したり台本覚えたり、そういうことをしている間、比鷺みたいな何かは窓枠のところで人のスマホを使ってテトリスに励んでいる。
 小さい鳴き声みたいなのは出せるけど喋れないみたいで、耳元でぴーぴーうるさかった。ゲームさせろって言ってる時のあいつみたいだなってめんどくさくなって、スマホにゲームアプリは入ってないからブラウザでできるテトリスを与えた。意外とそれで満足なのか小さい手で器用に操作している。
 いやなんだこの生き物。生き物?
 手のひらに乗るサイズ感だけど比鷺だと思えるくらいの見た目をしている。服みたいなものも着ている、そう見える。テトリスでハイスコアが出たときに漏らす自慢げな笑い声も似ていてちょっとイラっとくる。
 比鷺から千切れた以上、あいつにくっついてたんだろう。九条家ってそうなのか。次に会ったとき強めに押し付けたら戻らないかな。
 答えのない考え事は眠くなる。まだ目的の駅まで少しある。上手く起きれる確信はないけど、起きている自信もない。……
 耳を引っ張られている。ぎゃーぎゃー鳴き声もする。うっすら目を開けて、電車で寝落ちしてしまったことを思い出す。慌てて窓の外を確認すると、あと数駅で降車駅という辺りだった。
「……起こしてくれたの?」
 小さい比鷺は本物そっくりの腹立たしいしたり顔をしてみせたので、またちょっとイラっとなった。
「……まあ、一応、ありがとう……降りるよ」
 比鷺っぽい何かを鞄に突っ込み、宿泊先に向かう。その前にコンビニで焼きそばパンとコッペパンを買っておく。野菜とか肉とか、意識して食べるときもあるけど今日は食器を持つのが面倒だった。
 シャワーも着替えも何もかもめんどくさい。でも頑張らないといけない。支度を終えてようやくベッドに倒れ込む。……どっかから鳴き声がする。そうだ比鷺だ。
 しぶしぶ起き上がって、鞄から比鷺とパンを取り出す。不満げにしている。そっくりだな。
 机に上げてやって、パンを差し出す。
「僕がこっちから食べるから、お前はそっちから食べろよ」
 パンなら片手だけでいいし、長さがあるから比鷺の餌やりも同時に済む。便利だ。
 比鷺はびっくりしていたが、すぐに僕の反対側にしがみついた。あのサイズだから多分そんなに食べないと思ったけど、本物程度に食べるなら二人じゃ足りないかもしれない。そう心配になるほど比鷺はものすごく必死にパンに抱きついている。
 食事って面倒だなと思いながら食べ進めていたら、不意に持っていたパンが軽くなった。反対側で、小さい比鷺が体より大きいパンを持ち上げている。自分のだと主張しているのかと思ったがぐいぐい口にパンを押し付けてくる。
 まさか、食べさせてくれてる? 食器を持つのすらめんどくさいのを見抜いて、手を離してもいいように?
 脚が震えるほど頑張っている比鷺はぴーぴー言った。寝たまま自動でご飯を食べるのは正直かなり理想ではあったけど、さすがにこんな小さいのに無理をさせるわけにはいかない。……こんなのでも比鷺みたいだし、比鷺はあんなのでも幼馴染みの親友だから。
 パンを自分の手で支えて、好きなだけ食べなよって差し出す。小さい比鷺はそのサイズにちょうどいい分を齧りとって満足そうだった。
 食事を終えてようやくベッドに入る。枕元にハンカチを置いてやって比鷺も寝かせる。小さいのが喜ぶかもしれないと思ってスマホから本体の配信に繋いで、あいつが調子に乗って喋り散らかすのをほんの一瞬だけ聞いた。すぐ寝落ちたから話の内容は全く分からなかったけど、知ってる声がするのは結構、良かった。
 小さな手が頬を撫でていた気がした。声のせいで本物と錯覚して、だけど夢だったかもしれない。

 週末。
 数日ぶりに会った比鷺本体は相変わらず腹の立つ奴だった。大きい椅子に体を埋めてコントローラーを握り締めたまま「まだ時間じゃないし」とかほざく。小さい方を見慣れたせいで無駄にでかく見える。
 数日の間に、小さい比鷺にも愛着が湧いてはいた。でもやっぱり比鷺だからすぐ調子に乗った顔をするところとか一日中人のスマホでゲームしてるところとかは普通に腹立たしくて、飼うのはこのくらいが限度だと思う。
 比鷺に近付いたとき、胸ポケットから小さい方がぴょんと飛び出して本体に向かって落下した。
「あ」
「あって何!?」
 小さい比鷺は本体に飛び付き、まばたきの間に見えなくなった。見失っただけかもしれないし、比鷺に吸収でもされたのかもしれない。いなくなってみるとちょっと寂しい、気もする。
「バス停行く前にコンビニ寄っていい?」
「またエナドリでも買うのか? お前の寿命もう尽きるぞ」
「う、今日は違うし……ちょっと腹ごしらえというか……」
 比鷺はようやくコントローラーを手放し立ち上がる。せっかくの容姿が猫背のせいで台無しだなと思うが言ってやらない。調子に乗ると面倒だから。
 並んで道を歩きながら、比鷺が言う。
「前さー、遠流がパン食べさせてくれたことあったじゃん」
「……あったっけ。逆じゃなくて?」
「え、確かに……逆の方があり得る……」
 比鷺は顔の前に手を浮かせる。
「こうやって、左右からこう、特殊なポッキーゲームのように……」
「二度とそんな気色悪い例えをするなよ」
 反射的に突っ込んでから気付く。これをやったのは小さい方とだ。小さい方の記憶が大きい方に引き継がれている。
「……え、待って、遠流と並んで寝ながら俺の配信観てた……? 俺が俺の配信を……?」
「……あり得ないだろ」
「え、だって覚えてる……遠流とお風呂入ったり寝かしつけてもらったり……? 何この存在しない記憶、っぎゃー! 何!?」
「動くな! もう一度千切り取ってやる」
「何何何! 助けてー! 三言ー!」
 比鷺が余計なことを思い出す前にまた千切らないといけない。こんな奴に愛情をかけてたなんて知られたら、どれだけ調子付いて面倒なことになるか、分かったものじゃない。
20230929


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