思い出話 | ナノ

思い出話

虐待注意

 背後の扉が開く気配がした。膝を抱えて座っていた僕は慌てて立ちあがって、ポーズをつくる。凍えるような夜の中、ろくな防寒着も着ずにいることなんかなんでもない、というポーズ。遠くから聞こえる楽しげなざわめきも、家の中から聞こえる僕を除いた家族の団欒の声も、少しも気にしてなんかいない、というポーズ。
「お兄ちゃん、初詣に行こうよ」
 出てきたのは予想通り弟だった。嬉しげな笑顔で言い、わくわくと希望を並べ立てる彼の手にはコインが握られている。僕も持っているときっと彼は信じている。それでいい。暖かそうなコートを着てぬくぬくと笑顔を見せる彼を守ることを、僕は心から願っている。


 罵られ手酷く殴られた。奥歯を噛み締める。痛くないわけがないけれど、僕一人が耐えればいいだけの話。彼を巻き込むわけにはいかない。彼に知られるわけにはいかない。しかし僕と違って両親に隠す気はないようだった。見せつけていたのかもしれない。こうなってはいけないと。
 優秀な彼はきっともう気付いている。それなのに隠してみせるのは──彼のためなんかじゃなく、自分のプライドのためだったのかもしれない。
 僕は無理に微笑んでみせる。うまく笑えただろうか。僕より少し後に生まれ、僕よりずっと先を行く彼。彼が落ちてこないように、僕は必要以上に不出来なふりをした。そんなことをしている間に、その差はほんとうに広がってしまった。でもそれでいいんだと思う。彼を守るためなら。
 心配そうにのぞきこむ弟の瞳は、その時は確かに澄んでいたと、後から何度も思い返しては確かめた。


 二人揃ってドライバをもらった。僕までもらえたのは予想外だった。双子にそれぞれ与えられた双刀。弟にはワダツミが、そして僕にはその偽物が。
 見た目には変わらないけれど確かにあるその違いに、弟は気付いただろうか。


 その日は聖夜だった。両親だった塊の前に、ドライバを手にした彼が佇んでいた。彼は僕を見つけて笑った。その瞳は濁っていた。
 雪になりきれない雨がべちゃべちゃと降り、赤い血をにじませた。知らない感情で胸が詰まった。
 「僕が……」気付けば僕は弟のドライバを奪い取っていた。「僕がしたことにするから……」僕のドライバを押しつけた。手がもつれて床に落ちたワダツミが大きな音をたてた。そうだ。僕が彼の代わりになる。彼の罪を被り、両親に愛され、優秀な──。
 弟は僕のドライバを持って立ち去った。
 床に落ちたワダツミを拾いあげたとき、吐き気に襲われてうずくまった。取り返しのつかないことをしてしまった。僕は弟から全てを奪った。名前を、居場所を、両親を、兄を、ドライバを、罪を。
 さっき感じたのは嫉妬だったかもしれないとぼんやり思った。
20150628

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