おねだりごっこ
久々のアルコールが入ったせいか、巡は随分と機嫌が良さそうだった。饒舌に喋り、些細なことで子供みたいに笑った。佐久夜はただその隣で水道水を飲みながら、彼が楽しそうにしているのを楽しんでいた。
徐々に巡の呂律が曖昧になっていき、まばたきが遅緩になってきた辺りで、布団に行くよう促した。意味が分かっていなさそうに首を傾げる彼の手元で缶から酒が溢れる。缶を取り上げて雫を拭ってやる。ついでに着替えさせようと服を捲ると、何を勘違いしたのかご機嫌にすり寄ってきた。
「違う。何もしないから脱げ」
「んー?」
「んーじゃない。酔っぱらいめ」
ため息を吐きつつ世話を続けようとするが、突然胴体に抱き付かれて勢いで仰向けに押し倒される。鍛えているとはいえ、同体格の男に真上を取られて起き上がれない。
巡は佐久夜の胸に頬をすり付け、小さな子供が母親の胸に向けるような言葉をもにゃもにゃ呟きながら満足げに含み笑いをし、そして寝落ちた。若干引いた。そういう言葉はせめて女性に使うものじゃないのか。親友の嗜好にやや着いて行けない気持ちを覚えつつ、なんとか彼ごと身体を起こし、酒に濡れた上半身だけ着替えさせて寝床に押し込んだ。
ついでにテーブルの片付けと朝の準備にも取り掛かる。佐久夜としては朝早くから巡のために活動するのも当然のことと思っているが、巡はどうも目覚めた時に佐久夜が離れたところに居るのは気に入らないようだと最近分かってきた。だから朝が遅くなってもいいように今のうちに簡単に支度をしておきたい。
手早く済ませて巡の隣に潜り込む。二日酔いなんかにならないといいがと思いながら、掛け布団を整えてやる。
「いつ寝たのか覚えてなーい……」
目覚めて状況を把握したらしい巡は佐久夜をがっちり抱き込みながら胸に額を押し付けてくる。子供じみた振る舞いのわりに力は成人男性のものなので普通に息苦しい。
「着替えた覚えもないんだけど。佐久ちゃんがやったの?」
「そうだ」
何か怒られるかと思ったが言われなかった。巡は佐久夜をホールドしたまま何か考えていたが、やがて顔を上げた。
「俺も佐久ちゃんのお世話やりたい」
「いらん」
「佐久ちゃんばっかりずるいじゃん」
「意味が分からないんだが」
命令かと尋ねようとしたところで「お願い」と続けられる。友人の些細なわがままなら無視しても良さそうだが、意地を張るようなことでもないかと受け入れてやることにする。
「何をするんだ?」
「えー、佐久ちゃんは? 何してほしい?」
「訊かれても困る」
「ねー」
徐々に「お願い」が強制力を増してきていることに気付いている。
「……ここから出て、朝食を作りたい」
自分を押さえ込んでいる巡の腕を示すが、特に緩められることはなかった。
「それで?」
「今日は掃除をして……買い出しと」
「いつも通りだね」
巡は昨晩のように上機嫌に笑った。
「俺っていつも佐久ちゃんのお願い聞いてあげてるね」
どうしてそうなるんだと返そうとしたが、全くその通りだという気もした。自分が何を好んで彼の隣にいるのかということくらい知っている。
「……なら、お前は何をしてほしいんだ」
「俺はー……今日はこのまま一緒に二度寝して……それで起きたら佐久ちゃんがいて……」
言いながら巡は佐久夜を抱き直し、いい具合のポジションに収めると本格的に眠りにつく姿勢を見せる。仕方なく合わせて目を閉じると、昨日の夜が遅かった分簡単に眠気が戻ってくる。自分が眠たかったことに気付き、それでまた巡が自分の望みを叶えてくれたことを知る。あるいは佐久夜の望みが巡の意思に沿ったのかもしれない。巡の望みも叶えばいい、と思いながら、ひとまずは彼の良い枕になろうとする。
20230804