好きだから | ナノ

好きだから

受け主導シーンあり

「佐久ちゃん、これ好き?」
 問われて曖昧に頷く。
 佐久夜の性知識は少ない。必要最低限のこと以上の、娯楽のための行為についてはほとんど知らない。興味がないわけでもないが、幼い頃から禁欲的に躾られてきたし、生来的に堅物で、それに幼馴染みが突然やってくることがあるために一人の時間というのもなかなか取れなかったので。
 いやらしいことをされているのは分かる。舌を吸われながら片方の手に胸をなぞられている。巡が触れてくる手つきはいつも入念で探るようだった。そうやって佐久夜の知らない感覚を引き出してくる。開発されるなんて言い回しは知らなかったが、巡に変えられている気がして、従属感に満たされた気持ちになる。
 指先の動きに時折鋭く甘い感覚が走って、絡め合ったもう片方の手を握ってしまう。そうするとあやすように柔らかく握り返されて安心する。押し付け合う唇はもう二人の境目が分からないような錯覚がしている。温かくて、気持ちが良かった。肉体的な快感に加えて、こういう行為が普通のことなのか知らないから酷く変態的なことをしているような背徳感があって、それで余計に興奮している。
「もうこんななってる」
 ズボンの前を開かれる。固くなった性器が下着を押し上げて主張している。自分の状況を知らされて、羞恥と同時にそれ以上に期待しているのを自覚する。
「どうされたいの?」
 焦らすように指先が下着越しにそこを這う。淡い刺激にも反応してそれが跳ねる。喉から漏れた声は自分でも分かるくらい情欲まみれだった。
「触って、ほしい……」
「触ってるよ?」
 拙い語彙で精一杯欲を伝えるが、くすくす笑ってつつかれる。弄ばれ恥ずかしいことを言わされる幸福な屈服感。巡は服を着たままなのにこちらは着衣を乱している非対称もたまらなかった。
「巡がしたいように、お前に、好きにされたい」
 うっとりしながら答える。巡は目を丸くして一瞬静止し、ため息を吐いて佐久夜の肩に頭を埋めた。
「はー、お前ってほんと……」
 起き上がった巡の瞳に熱が揺らめいている。彼が自分に興奮していることが分かって、恥ずかしいのにどこか誇らしいような、もっと彼に求められたい気持ちになった。
 下着をずらし直接触れられて小さな水音が立つ。望んだ通り手に包まれて上下に擦られ、もう片方の手は佐久夜の手と絡められて握られている。そうしながらまた口づけを交わす。とろけそうな体温と快楽に、すぐに出してしまいそうになる。
「我慢しないで、イっていいよ」
「……ッ! ぅ、……!」
 甘やかすように許可が下されてそのまま射精した。手から溢れて互いの服まで汚す。
 少し嗜虐的な笑みを浮かべた巡が汚れた手を差し出してくる。溶かされた思考のまま躾られた通りに舌を伸ばして自身の精液を舐め取っていく。関節の窪みも指の間も丁寧にしゃぶり舐め上げる。粘つく音の後ろに淡いため息が聞こえて、上目遣いに巡を窺うと嫌がるように頭を押し下げられた。それで佐久夜は巡のズボンの膨らみに気付く。
 いつも巡に主導されるばかりで、こちらからしてやることはあまりなかった。口でするように言われたこともあったが、あの時は途中で切り上げられてしまったし、考えてみれば巡が達したところを見たことがないような気がする。
「め──」
「佐久ちゃん……」
 俺も触っていいだろうかと顔を上げて尋ねようとしたところで、巡がぐっと近付いてくる。またするつもりだ、と分かってそれだけで頭の芯が熱を持って思考が止まる。勝手に昂る身体に巡の手が迷うことなく伸びてきて快楽を与え始める。身体を完全に掌握され支配されている悦びにぞくぞくする。服従心が全てに勝り、身体の制御を手放す。

 巡がこういう行為を求めるのは必ずしも性欲だけが理由ではないのだろう、とは感じている。彼が自分に向けている執着の発露が今はこうなっているだけで、本当はなんだって構わないんだろう。
 だが彼に支配欲があるのなら佐久夜にだって奉仕欲とでも呼べるものがあった。一方的に施されるのは性に合わない。何より佐久夜はちゃんと巡に愛情を持っていた。満たされた分を返したかった。
 そういうことを話すと巡は案外あっさりと承諾した。嫌ではないのかと尋ねると「恥ずかしいけど」と答える。
「でも俺も佐久ちゃんのこと好きだし」
 悪戯っぽく笑って、ベッドに仰向けに転がる。白い枕に花の色の髪が映える。
「お前がそんなに言うならサービスしてあげちゃおっかなって」
 巡はわざとらしい口調で言い、照れ隠しのように佐久夜を引き倒して首に手を回した。
「いいよ。優しくしろよ」
「……大事にする」
「当たり前だろ」
「一生、大事にする」
「当然」
 不敵に笑うその人が、実際のところ気恥ずかしさと不安を誤魔化すためにそういう態度を取っていると分かるから、感謝と愛おしさを抱く。
 巡にされるように彼の身体を探る。服を捲って素肌が目に入ると、爪の先まで全部欲しくなった。丁寧に辿り、形を確かめるように触れていく。巡は時折身動ぎして、静かに息を吐いた。
 ふと、彼が一言も発さなくなっていることに気付く。顔を窺うと目が合った。珍しく赤面して眉を寄せている。しかめた顔が苦しげに見えて手を止めた。
「……どこか痛かったり、苦しかったりするか」
「……心臓が」
「心臓?」
「さっきから苦しい……」
 巡は顔を逸らす。上気した頬が色っぽく映る。
「それは……どうすればいいんだ」
「こっち来て」
 素直にその腕の中で身体を合わせる。早くなった鼓動が近い。佐久夜だって普段より早くなっている。しばらく抱き合ったまま至近距離で見つめ合った。
「お前のせいなんだからな」
 巡はどこか悔し紛れにも聞こえる口調で言う。何がとも示されなかったが、自惚れてしまうようなことを言われた気もした。
「責任は、取らせてくれるのか」
「本当に欲張りな奴」
 その通りだと頷く。巡が佐久夜をこうしたのだからお互い様だ。
 巡は笑って、力を抜いた。
「責任取るって言うなら、続きしてよ」
 誘われるまま口づける。舌を滑り込ませても巡のように上手くできていない気がするし、彼のように同時にどこか触るようなこともできない。向いていないと割り切って、目の前のことに集中する。時折熱っぽい吐息が聞こえる度に心臓が跳ねた。
 のしかかった下半身に固いものが触れている。
「触ってもいいか」
 小さな声で肯定が聞こえた。下着を下ろし固くなったそれに触れる。自分がされた記憶を辿りながら慣れない手つきで撫で擦ると分かりやすく反応がある。自分の手で感じさせている事実に下腹部がじんと熱くなった。もっと反応が見たかったし、全てが欲しかった。
 欲のままその体に触れて舌を這わせ抱き締める。抑えようもなくその人が喘ぐのに興奮して息が上がった。乱れるところが見たい一心でその身を探っていく。どれだけ続けてもまだまだ足りないような気がした。
 巡が膝を持ち上げて脚の間に触れてくる。夢中になっていて気付かなかったが酷く窮屈になっていた。軽く膝で押されただけで腰に響く。巡と目が合って、その意図を悟る。
「巡……挿れたい、いいか」
「いちいち訊くな……っ」
 許しを得てそこに指を伸ばす。散々弄ったせいで改めて拡げずとも入れてしまえそうだった。それでも念を入れて指を沈ませると巡の脚がもどかしげに暴れた。
「……っ、やだ、早く……」
「どうされたいんだ」
 奉仕の一心で巡の求めることを尋ねてから、羞恥を煽るようなことを言ってしまったと気付く。誇り高いその人は紅潮し切った顔をして涙すら滲ませて佐久夜を見上げた。
「……お前のっ……好きに、されたい……」
 目眩がした。
 酸欠だか貧血だかで一瞬意識が遠のき、力任せに彼をシーツに押し付けてしまう。それでも叱られる気配もないので逸る気持ちのまま性器を押し沈めていった。少し乱暴な動きになっても拒まれない。手足を使って佐久夜を抱き締めてくる。お互いに腕の中に収まっている。佐久夜は巡に所有されていて、巡の全ては佐久夜のものだった。
「佐久ちゃんっ……! ん、あ、佐久ちゃん……」
 ぎゅっと抱きつかれて渾名を呼ばれる。自分が選択を誤ったことを、自分の罪を突き付けてきたその呼び名が、今となっては何より甘く響いてくる。巡、と呼び返した。
 重たげな垂れ目が熱っぽく溶けて見上げてくる。
「佐久ちゃん……好き、大好き……」
 それに応えていいのだろうか、そんな権利が自分にあるのだろうかという葛藤が浮かぶより先に欲が勝った。
「俺もだ、巡、俺も……」
 微笑む巡が幸福そうに見えて、もしかしたら彼を幸せにできるのは自分じゃないかと大それたことを思う。巡の幸福も欲しかったし、諦める気も絶対になかった。
20230630



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