「会えて嬉しーな! 俺は君に会えるなら全然いつでもオッケーだし。え、佐久ちゃん? 知らない。どっかでなんか食べてるんじゃない?」
「ひとつ言っておくことがあるのだけれど」
「はい」
鵺雲が話し出したので、佐久夜は彼のボタンを外しかけていた手を律儀に止める。彼に跨がってはいるが、体重をかけないように僅かに腰を浮かせた姿勢のまま言葉を待つ。鵺雲は佐久夜の肩越しにホテルの天井を眺めながら続けた。
「こういうことをするの、初めてじゃないんだ」
「こういうこと」
「性行為だね」
「はい」
頷く。内心に何か過りはしたがそれをまともに認識していい立場ではなかった。彼の言うことは何もかも受け入れて肯定するしかない。そういう風に生まれついている。
驚かないねと鵺雲は曖昧に口角を上げる。
「何故かみんな、僕が初めてじゃないって知ると怒るものだから……」
「俺はそんなことありません」
遮るように少し強い口調で否定してから、しまったと思う。自分はそんな奴らとは違うのだと必死で主張するなんて愚かな子供みたいで恥ずかしかったし、自分がいかにこの男に認められたがっているか思い知らされてしまったので。
「佐久夜くんは寛大なんだね」とその人は興味なさげに微笑んだ。
誤魔化すように手先に集中して、シャツのボタンを外していく。対面であっても容易に脱がせていけた。学生時代に幼馴染みが着替えを面倒がり、その度着付けてやったことを思い出す。最初の頃はもたついて笑われたものだった。今ではもう引っ掛かることもない。
「君も慣れているのかな」
簡単に前を開けられて上半身をはだけさせた鵺雲が言う。否定するよりも先に彼は思いつきを口にする軽さで続けた。
「巡くんもそうなのだろうね」
「巡が……なんです?」
無意識に手を止めた佐久夜と目を合わせて、彼は普段通りの表情で小首を傾げる。
「だって巡くんはとっても人気があるそうだし……」
「巡は」
また食い気味に声が出た。
「あいつは……ああ見えて責任感のある奴です。そんなことはしないかと」
少しずつ勢いを失い手元に視線を落とした佐久夜に、鵺雲は悪戯っぽい表情を浮かべた。
「佐久夜くんは責任を取らないの?」
「……そんなことは」
「冗談だよ。君は誠実だから」
「……ありがたいお言葉です」
頭を下げる。鵺雲は脱がせかけられているシャツを引いて続けるよう示した。促されるままに彼の服に手をかける。されるがままになりながら彼は何気なく言った。
「これは罪ではないのだから、責任なんて考えなくていいからね」
はい、と従順に応える。責任を発生させることすら許してくれない。九条鵺雲を害することは誰にもできない。だから、誰も傷つけていないはずだ。
20230528