マイガール | ナノ

マイガール

夢オチ女体化

 知らない天井ではなかったが、知らない部屋ではあった。窓枠も壁も扉もよく知った自宅のもので、しかし外の景色は微妙に違う。比鷺の部屋じゃない、同じ屋敷の別の部屋だ。でもこんな部屋あったっけ? 洒落た机も椅子もハンガーラックもそこに掛かっている服も鞄も、どう見たって女物だ。ドレッサーまである。うちにこんな歳の女子いないのに、と思いながらその鏡の前を通って、ぎゃあと叫んだ。ついでにその声にビビってまた叫んだ。
 女の子になってるんですけど!

 性別の差は顔のつくりにそこそこ影響するらしく、鏡の中の顔は見慣れない感じがする。とはいえ確かに比鷺らしい気配はある。それにかなりレベルの高い美形であることは変わりない。俺めちゃくちゃかわいいな、顔出し配信したら顔だけで人気出そう。ちやほやされたい。美人すぎる上にエイムも上手すぎる実況者って褒めまくられたい。
 部屋にはパソコンが置いてあったけれど、いつも比鷺が使っているものではない。比鷺が求めるスペックにも足りていないようだ。周辺機器も機能より見た目重視に見えるし、どう見てもゲーマーの環境じゃない。
 本当に自分の部屋なのか怪しく思って探索してみることにする。クローゼットは女子の服が掛かっていて気まずいので後回しにして、鞄を探る。中には中学の学生証が入っている。鏡で見た顔の写真と、九条の姓と、知らない名前。
 賢い比鷺はすぐに理解した。女の子に産まれた俺は比鷺ですらないのか。比べる意味もないんだから。

 部屋を出る。確かめたいことがあった。あの部屋にあった服やら化粧品やらはお下がりなんだろうか。兄じゃなくて姉だったら、俺たちが姉妹だったらこの家はどうなるんだ?
 奴の部屋を訪ねることなんてめったになかった。今だって緊張している。そういえば着替えるのを忘れた。やっぱ引き返して服だけでも──と少し後戻りしたところで扉が開いた。
「おや。おはよう」
 出てきたのは記憶と一ミリも変わりないままの兄だった。やっぱりそうかと根拠もない確信をなぞる。この男が九条鵺雲以外の何かになることなんて想像ができない。
「……っはよ…………」
 ぼそぼそ呟く比鷺に鵺雲は微笑んで、そのまま隣を通り抜けようとする。え、と思う。何か違和感がある。去りかける兄を追った。
「ま……待って」
「どうしたの?」
 振り返る兄は崩れない微笑を浮かべたままで、それは完全にいつも通りの表情だったけれど、何かがおかしい気がする。
「ひさ、比鷺って知って」
「比鷺? 比鷺がどうかしたの? 体調が悪いとか……それともその反対? 最近あまり部屋から出てこないから、心配で」
 鵺雲は突然早口になった。比鷺の知っている兄の姿だ。
 自分とは別に比鷺も存在するらしい。兄の視線につられて廊下の先を見る。自分がいつも引き籠っている部屋の扉は閉ざされている。
「い、や、知らない……。……放っといてあげればいいのに……」
「でも、あの子は僕のかわいい弟だもの」
 鵺雲は、「僕たちの」とは言わなかった。多分「比鷺」は女に産まれた俺の弟でもあるはずなのに。
 それで気付く。正確にはずっと昔から知っていたことを実感してしまう。さっきからあった違和感の正体。こいつ、女の子の──化身の無い俺のことなんかまるで興味がない。
 ずっと厭わしかった。あんな痣ひとつで当然のように天才扱いしてくる兄が恐ろしくてならなかった。それなのにこうしてまるで他人みたいに接されると言い知れない寄る辺なさを感じた。首筋に手をやってしまう。
「……比鷺のこと、好きなの」
「当然でしょう?」
「…………じゃあ、俺のことは……」
 鵺雲は何を考えているのか分からない薄笑いを浮かべたままで、比鷺はその答えを待っている。何かを期待しながら、何かに怯えながら。

「おい、いつまで寝てるんだ。今日こそ千切り倒してやる」
「ドアノブを千切ったら入れなくなるんじゃないか?」
「いや、千切るのはドアノブじゃなくて、あいつの」
 ドアを叩く音と幼馴染みの物騒な会話で目を覚ます。閉めきったカーテンにパソコンの小さな明かりだけが点いた、間違いなく比鷺の部屋だった。
「夢落ち……!」
 起き上がって頭を抱える。うなじに伸ばした髪の感触がある。九条鵺雲と同じ容姿に化身を持って産まれた九条家の次男だということを確認する。安心しているのは、幼馴染みたちが迎えに来てくれたからだと思うことにした。
20230429


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