本当のことを言うよ | ナノ

本当のことを言うよ

鵺雲に性経験がある

 あまり認めたくはなかったが、腕の中に九条鵺雲を抱いているのは素晴らしい心地だった。すぐ側に彼の美しい顔がある。細い身体が呼吸に合わせて柔らかくしなっている。その全てを自由にしていいとなればどうしようもなく心が弾んだ。巡でさえこうなのだから彼に好意を向けている者なら尚更そうなんだろう。巡はこの後の後始末をさせられる人のことを思って苦笑いする。
 二人は秘上家の離れにいる。どちらのテリトリーとも呼べない微妙な場所だからこそ巡も安心できた。これが自分の部屋やまたは全く関係のない場所だったら、彼に侵食される錯覚で平常心ではいられないだろうから。
 巡が秘上家の敷地を我が物顔で歩き回るなんてよくあることだったし、離れに泊まっている客人とも仲間同士なのだから訪ねていくのも不思議ではなかった。「暇なんで」と顔を出した巡をその人は優雅に迎え入れた。用もなかったのでなんとなく無言が続き、シーツに皺が寄っているのが妙に目について、そうしているうちにいつの間にかその人は巡の腕の中でおとなしくキスを受けていた。巡の手がシャツのボタンにかかっても、彼は何も言わなかった。
 男の身体なんて見ても面白くないだろと思っていたが、鵺雲がそっと全てを脱ぎ捨てた時は巡もさすがに無言にならざるを得なかった。襖越しの日光に照らされた彼の裸体は人間離れして整っていた。完璧だった。随分と細身だが貧相な印象はなく、全てが適切にあるべき形で組み上げられていると思わせた。神々しさすらあった。向かい合う自分が酷く不恰好な姿をしていると感じ始めそうだったから、巡は奥歯を噛んでそれに耐えた。
「ちょっと恥ずかしいな」
 鵺雲の手が隠す場所を探すようにさ迷って、癖なのか鎖骨に指先を置く。それで気付いて、巡はシーツに押し付けていた自身の手を表に返した。幼い頃に後天的に身に付けた癖。今度は隠さないように新たに上書きしようとしている。疎ましかった痣が目に入ると、自分が醜いような感覚は消えた。
「綺麗ですよ」
「ありがとう」
 自白みたいな気持ちで告げた本心を鵺雲は慣れた顔で受け取る。困らせてやりたいと思った。
「この後何するか分かってます?」
「うーん、多分」
「経験あるんですか」
「うん」
 無垢な顔で頷くものだからショックを受けた。性の匂いなんて全然感じさせないくせに。歳上の成人男性に向かって少女に対するような幻想を抱いていたことに、巡はまだ気付かない。
「……自分でとか、します?」
「必要があれば」
 涼しげに彼は答える。
「…………じゃあ、見せてください」
 無茶苦茶なことを言っている自覚はあったが、歳上の男は素直にうんと応えて長い指を脚の間に伸ばした。
 鵺雲のやり方は緩いものだった。何時間かけるつもりだよと思う。自身のそれを柔らかく弄びながら、彼が悩ましげに呻いたのを聞いた時、巡は自分の中の暴力性を自覚する。この人に知らない快楽を教え込んで滅茶苦茶にしてやりたい。
 そう思ったので、そうした。鵺雲は驚くほど感じやすかった。巡の手やら舌やらのひとつひとつに敏感に翻弄され震え喘いだ。演技を疑ってしまうくらいだったが、この人にそんなことをする理由なんてないはずだから、本当に巡の与える感覚に流されていたんだろう。いつでも悠然として絶対的な人が自分の手で乱れるのは、正直なところ物凄く興奮した。
 ひと通りのことが終わって、巡はまたしなやかな肢体を腕の中に抱いている。艶のある黒髪が隠すうなじに顔を寄せる。あれだけよがっていたくせに汗の気配なんて少しもなく、体臭すらほとんどしない。鵺雲のそういう化物じみたところを、最近の巡はわりあい受け入れている。
「……結構、好きな感じですか? こういうの」
「とっても気持ちよかったよ。巡くんは上手だね」
 鵺雲はいつも通り質問に答えない。俺が化身持ちだからだろ、とは訊けなかった。
「鵺雲さん的にはやっぱ、生まれつきの化身持ちと後からの人ってなんか違うんですか?」
 鵺雲はおっとりと微笑んでいた。
「巡くんのことは、好ましいと思っているよ。多分君が考えるよりずっと」
 そんな返答が欲しいわけではなかった。けれど鵺雲が言うものだから求めていたことにされてしまった。ああやっぱり気に食わない。その答えにまんまと嬉しくなっている自分も含めて。
 ため息をつく。それから、心にもないことを言っているように聞こえることを願いながら言った。「俺も結構、鵺雲さんのこと好きですよ」
20230423



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