一方その頃くじょたんは三回目の天井コースに差し掛かっていた | ナノ

一方その頃くじょたんは三回目の天井コースに差し掛かっていた

鵺雲の男性経験が多い

 これ、いつ終わるのかな。見知らぬ男に犯され揺さぶられながら、鵺雲は退屈を覚え始めている。片脚を男の肩に担ぎ上げられていて姿勢が苦しいし、地面に押し付けられて全身が痛い。それでも怪我をするほどのことではないからどうでもいい。ひたすらにつまらない。
 腹の中を刺激されて生理的な反応として勃起しているし声も上がるし時折意識が白く飛ぶけれど、別に楽しんではいなかった。何かを誤解した男は淫売とかなんとか憎々しげに罵ってくる。何を言われたって仕方がないと自認しているとはいえ不愉快ではあった。
 襲われることは初めてではなく、珍しいことでもなかった。彼らはみな鵺雲のことを憎悪しているか、あるいは崇拝していた。そして一様に鵺雲に触れることを特別視していた。自分が触れることが目の前の男を決定的に傷つけ損なうのだとどうしてか信じていて、興奮し一方で恐れ、または尊い何かを得るのだと恍惚としていた。こんなことに大した意味はないと知っているのは鵺雲だけだった。
 今回は何か意味があるのだろうか? あるわけがない。利用価値は? 佐久夜辺りは心配してくれるだろうが、今は必要のない火種だ。そうなるとこの行為はただ時間の無駄でしかない。今日は比鷺の配信の日なのにな。なんの配信だったっけ、ええと。思考が飛ぶ。邪魔だなあ、時間に間に合うかな。ガチャの配信だったらいいな。鵺雲の弟は優しいので、ガチャ配信の時はいつもお目当てが出るまでの時間を目一杯に引き延ばしてくれる。なんてファン思いなんだろう。今日は何百連してくれるのかな?
 配信が観たかったから、早く終わらせる方に意識を向けることにする。肩に乗せられた脚を降ろして、男の上半身を抱き寄せる。そして囁く。「いっていいよ♥」
 どろりとしたものが内臓の中にぶちまけられた気配がする。やっと終わった。早くどいてくれないかなと思っていると、はだけた胸にぱたぱたと何かが落ちてくる。何かと思えば男が泣いていた。
 知らない男だった。正直なことを言えば化身のない人間にはいちいち区別するほどの興味も払っていないけれど、会えば顔くらいは覚える。それでも覚えがないのだからきっとノノウですらない。というか弛んだ身体は運動習慣があるかさえ怪しい。きっと鵺雲より歳上だろうが顔立ちに奇妙な幼さがあり、頬には吹出物の跡が残っている。そして唇をわななかせて子供みたいに泣いている。ちくしょう、と聞こえた。
 聞きたくもなかったけれど下敷きにされているので立ち去ることもできない。お前はいいよな、良い思いしやがって、お前みたいなのがいるから、クソ野郎、なんでも持ってるくせに。嗚咽の中の聞き取りづらい恨み言を、退屈をもて余した脳が勝手に理解していく。つまりは何の正当性もない逆恨みだ。
 とはいえ同情もした。僕程度の者が九条家の血を引いていると知ったら納得いかないこともあるだろうね。だから精一杯の憐れみで以て優しい言葉をかける。
「もう一回する?」
 男は手酷く殴られたような、怯えたような、怒り狂っているような、傷付いているような、その全てを一緒くたにした表情を浮かべて、それからぐちゃぐちゃに歪めて一層激しく泣き喚き始めた。比鷺の配信には間に合わないな、と思った。
20230421



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