置き去りロマンス
佐久鵺前提
本番なし
幸せじゃない
うっかり呻き声を上げてしまって、外に聞こえたんじゃないかと一瞬だけ心配になった。だが広い家だから聞こえるような場所に人など居ない。そもそも一番居そうな男は巡を置いてどこかへ行ってしまっている。
胸を刺した痛みを身体の痛みで誤魔化す。背中を丸めて慣らしもしない後ろの穴に指を突っ込んで。申し訳程度に使った僅かなローションの滑りなんかたいした緩和剤にはならず、引き千切れそうな激痛に脚が勝手に暴れた。
「い゛、いだ、あ」
痛くて仕方ないのに心のどこかが酷く興奮している。無理やり指を動かして苦痛を増やす。こんなんマゾみたいじゃん、と思ってすぐに、言い訳する相手もいないと気付く。いつでも側にいてくれたはずの誰かは、多分今、別の誰かと寝ている。
あいつのことならなんでも知っている。知っていた。どんなセックスをするのかは知らない。あの人はそれを知っている。
どうせ注意深く慎重に、ひとつひとつ確認しながら進めるんだろう。無愛想で不器用だけど、生真面目さだけは人一倍だから。嘲るような気持ちのまま捩じ込むように奥に指を突き込んだ。狭くて痛くて苦しくて少しも気持ちよくなんてなかった。
妄想の佐久夜は丁寧に鵺雲を抱いた。あの鵺雲が少し焦れるくらいに。いつもの無表情の中に隠し切れない憧憬と興奮を滲ませて、それでも傷付けないように精一杯優しく、固い手のひらで白い肌を大事になぞる。鵺雲も鵺雲であの微笑を浮かべて佐久夜の誰も触ったことのない箇所に触れる。
想像した手つきとは正反対の乱暴さで無理に押し拡げる。あの馬鹿真面目な男が絶対にしないように。また喉が引き攣って息が苦しい。
佐久夜は鵺雲にいちいち許可を求める。鵺雲はすべて許してやって、その上さらに誘うようなことを言う。貪欲で素直な彼は簡単に煽られてますます多くを求めて、二人の交わりはいっそう深くなる。涼しげだった鵺雲の顔が僅かに歪んで、色っぽい吐息が洩れる。佐久夜に抱かれて感じている。
荒っぽく突っ込んだ指の固い関節がどこかを抉って痛みとは別の感覚を連れてくる。怯えて腰が引ける。次第に慣れて苦痛が引いてきたことに気が付いている。駄目だ、ちゃんと痛くないと。どうしてこんなことをしているのかは忘れてしまっても、建前だけは守らなければいけないことは分かっている。鵺雲と同じにはなってはいけない。
焦って思い切り奥まで突っ込んでみてももはや苦もなく飲み込んでしまう。締め付けながら勝手に快楽を拾い出す。違う、嫌だ、
「…………ぁ、やだ、ゃ、あ……!」
逃げることも出来ないまま達した。虚脱感の中でべとべとに汚した手をぼんやりと眺める。酷い後悔に襲われていた。これじゃまるっきり自慰で、佐久夜のことを考えながらとか、そんな、まるで求めているみたいな。
自分のものを欲しがるなんて出来るはずないのに。
20230415