もう一人くらい余裕です | ナノ

もう一人くらい余裕です

全てが捏造

「もっと普通のとこにすれば良かったね。ファミレスとか」
 正面に座った派手な格好の男が、だらしなく机に頬杖を付いて比鷺に話しかける。「肘を付くな」とその隣の男が鋭く咎める。自分が怒られたわけでもないのに比鷺も思わず丸めていた背中を伸ばすが、叱られた張本人は大して反省する様子もなく机に手を付いた。
「だってさー、もっと鵺雲さんみたいなのが来ると思ったんだもん。こういう料亭的なとこじゃないとまずいかなーって」
「おい、失礼だぞ」
 指定された個室の和食料理屋は確かに品の良い店だった。鵺雲に選ぶならこういうところになるのかもしれない。あれに似ているも似ていないも比鷺にとっては慣れたものだが、とはいえ相手はあの兄と舞奏で組んでいる二人なのだから少しは気にした。
「……鵺雲に似てなくてすみません……」
 もうほとんど机を覗き込んでいるみたいな姿勢でぼそぼそ話す。磨かれた机の表面に兄と瓜二つの顔が映っている。
「え? いや、全然! てか結構似てるし! ほら、顔とか……」
 頭上から慌てた否定が返ってくる。微妙な空気になったところでちょうどよく料理が運ばれてきて、話が打ち切られた。
「鵺雲さんの話やめよっか。俺あの人のことあんま好きじゃないし」
「巡」
 斜め向かいに座った方はさっきから言葉少なだ。そもそも向こうは二人組なのに、片方だけが比鷺の正面に座って直角三角形の形になっていることからして不自然だった。社人だと言うから職業的な癖なのだろうか。
「話していいのか分かんないんだけどさ、八谷戸遠流! あの子の話は? 事務所NG?」
「あ、遠流……そっか、有名人なのか」
「すごいよねー、友達なの?」
「友達……っていうか、はあ、幼馴染で……」
「すっげー、幼馴染がスーパーアイドルとか羨ましすぎ! 俺も言いたーい」
「無茶を言うな」
「応募してあげよっか」
「やめろ」
「八谷戸遠流はそういうエピソードないの? 友達に応募されちゃった的な。それとも小さい時から目指してたのかな」
「遠流は……いや、なんか急に……」
 俺たちを置いて出ていっちゃいました。とはさすがに言えないので誤魔化す。アイドルを目指してたなんて一度も聞いたことないけど、それでも間違いなく成功している。夢を叶えたというなら喜んでやるべきなのかもしれない。
「ふーん。まあ化身持ちだって言うからね」
 栄柴巡は冷たい笑い方をした。
 遠流がどんなに頑張ってるか知らないくせに。化身があるから成功したみたいな言い方しやがって。やっぱり鵺雲とやっていけてるやつなんかろくなものではない。三言は別だけど。

 巡が席を外したので、怖そうな方と二人きりになってしまった。さっきから口数も少ないし、喋ったと思ったら小言だし、見た目の柄悪すぎるし、怖い、無理、助けて三言か遠流!
「……あの、比鷺様」
「うぇっ、ひゃ、はい……」
 急に話しかけられて変な声が出た。もう最悪。帰りたい。
「良ければ、俺が食べましょうか」
「えっ、これ?」
 真っ直ぐに見つめられて予想外のことを言われる。手で示された酢の物は確かに好きじゃないと思っていたところではあった。
「あまり進んでいないご様子ですので……お口に合わなければ、俺が引き受けましょう」
「マジ? やっ……いや、やっぱ、俺が食べます……」
 一瞬任せかけたが考え直す。なんだかズルをしているような感じがしたので。あとなんか嫌な予感がしたので。
「そうですか。では何かあれば巡の居ないうちに」
「え、あの人厳しいんですか……」
 そのわりにさっき「なんか味のイメージ違った」とか「普通に多い」とかいろいろ言っては皿を佐久夜の方に移し替えていたが。そのせいで佐久夜の前にはやたら皿が多い。
「いえ、比鷺様には何もないと思いますが……俺が叱られます」
 目を伏せるその人は、言葉のわりに妙に恥じらっているというか、嬉しそうに見えるような気もした。
「そ、そうなんですね……」
「ですが、俺はいつでも──」
「え、何、佐久ちゃんが弟くん口説いてる! ちょっと赦せないんですけどー!」
 戻ってきた巡が大声を出す。「そんなことしていない」と佐久夜はまた無表情に戻っている。佐久夜を小突く巡を見ながら、食べてもらわなくて正解だったな、と思った。
20230224


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