Home Sweet Home | ナノ

Home Sweet Home

※ややモブ→翔っぽい表現とモブ→北を含む

 俺のクラスには天ヶ瀬冬馬がいる。
 アイドルの仕事が忙しくてあまり学校には来ない。それが今日は珍しく登校している。俺はよく知らないが、「冬馬が来る」と分かると学校はちょっとした騒ぎになるらしい。学年上がってから俺にはあんまり友人がいなくて情報が入ってこない。だからみんながこっそりはしゃいでるのバレバレだったよなって言われても首を傾げることしかできない。だいたいその冬馬がいるはずの今は全然騒ぎになんてなってないし。
「まぁお前は知らないよなあ」
 隣の席の男が大げさに肩をすくめる。この男も少し前だったら友達になっていた、と思う。最近友達っていうのがよく分からなくなってきた。クラスメイトは無条件で友達、じゃないよな。もしそうだったらこのクラス全員天ヶ瀬冬馬の友達だ。
「なんか……ごめん」
「謝ることじゃねーだろ」
 隣の席の男は鷹揚に頷く。忘れ物あったら言えよ、と親切に言ってくれる彼には感謝しかない。これは友達と呼んでもいいんだろうか。
 授業が始まる。自慢じゃないが俺は勉強が得意じゃない。今の時間は多分数学なのに黒板には英文が書かれてるように見える。何が何だか。それでも諦めるのも嫌いだからとりあえず丸写ししておく。後で教科書でも先生でもなんでも聞けばいい。迷惑はかけられないが、できない方がよほど問題だ。できないままでいたくないし。
 隣の席の男は堂々と居眠りをしている。あとでノートを貸してもいい、と思った。

「彼女いねーの?」
「いない」
 昼飯を食いながら、隣の席の男が訊く。俺は首を振る。いつの間にか席の周りは人で賑わっている。ちょうど教室の真ん中辺りだからか? こういう状況でいわゆる恋話をする度胸はない。実のところ恋人はいるんだけど、言うつもりはない。少なくとも今は。
「この学校さあ、天ヶ瀬のせいで男全然モテねーんだよ。みーんな天ヶ瀬かそうじゃなきゃなんだっけ? なんちゃらプロのファンなんだから」
「315プロな」
「あれ? クで始まらなかったっけ」
「それ前の事務所」
 一応解説を入れる。興味があるのかないのか隣の席の男は気のない返事をしてピザパンを飲み込む。周りではJupiterの誰がいいか論争が始まっている。なぜか男まで参加して北斗様を熱烈に推している。すげえなあいつ。
 ちなみに俺は付き合うなら翔太派だ。かわいいし、ほっとけない雰囲気あるし。まあ、男なんだが。
「Jupiterって男でもいけんの? いや顔じゃなくて! 曲とか」
「CD貸すか?」
「マジ?……あーでも返せるか分かんねー。一枚くらい買うわ。良いやつ教えて」
 ピザパンを食べ終えて男は三つ目のパンに取りかかっている。俺も弁当を平らげ始める。夕食の残りを詰め込んだだけにしてはかなり良い出来だ。
 CDは315プロに移って初めて出したやつを勧めておいた。前の事務所のは、曲はいいけどなんとなく気が引けたから。

 午後の授業は死ぬほど眠くて危ないところだった。寝そうだ。体を動かしたい。じっとしていたらせっかく覚えたことまで足元から溶け出して忘れてしまいそうな錯覚に陥って、怖い。
 チャイムが鳴ると男共が雄叫びを上げて飛び出していく。慌てて時間割を確認したら最後の六限は体育だ。そういえば朝ジャージを詰めてきたんだった。俺も彼らに続いて更衣室へ走る。廊下を走らない高校生なんて多分いない。校則っていうのは多少破っても大丈夫なタイプの決まりなのだ。
 出遅れたからグラウンドに入ったのは一番最後だった。微妙に目立っていたたまれない気分になる。だが授業はサッカーだった。球技は何でも好きだが、特にサッカーは小さい頃からよくやってたし、得意な競技だ。長袖のジャージを腰に巻いてひたすら走る。運動するのは楽しい。嫌なことがあってイラついていたのもすっかり忘れられた。それにもう今日の授業はこれで終わりで、掃除当番でもないし帰るだけだ。
 最後の号令がかかる。授業中走り回ったのに更衣室に戻る足は軽い。まだまだもっと動ける気がする。帰りにどこか寄ってもいいかもしれない。
 制服を雑に着込んで学校を出た。まだ日は沈んでいない。やれることはたくさんある。歩調が早くなる。駆け出そうとしたところで背後から声が掛かった。
「迎えに来たよ」と翔太は言った。「帰ろう、冬馬君」

「──迎えにって、暇なのかよ」
「ひっどいなあ、冬馬君! せっかく迎えに来てあげたのに」
「頼んでねえよ」
 我ながら酷い受け答えだが、どうしても顔が笑っちゃうから照れ隠しにもなってない。翔太のやつはにこにこしている。どうせこういう顔の時はろくなこと考えちゃいないんだ。
「冬馬君はどうだった? 学校。楽しかった?」
「まあ……フツー。おまえは?」
「フツーだよ」
「そっか」
 翔太は相変わらず笑っているから、こいつにとってのフツーってのがどういうものなのかはよく分からない。初めて会った時からずっと、ごまかすのが上手いやつだ。
「おまえも十分親みたいなこと訊くよな」
 ぼやくと、翔太はへへって笑った。
「親みたいっていうか、彼氏のつもりだったんだけど?」
「ばっ……変なこと言うな!」
「声大きいよ冬馬君」
 思ったより声がでかくなって、翔太が冷静に指摘してくるのが恥ずかしい。辺りを見渡すが人はいない。
「……誰もいないね」
 翔太は一瞬生け垣の方に視線をやって、歩き出す。慌てて隣に並ぶ。
「言っとくが、外では絶対何もしねえからな」
「分かってるって」
 初めに二人で決めたことだ。誰にも言わないって。少なくとも、発表すると腹をくくるまでは。まだその決心は付かないし何が正しいのかさえ分からない。
「高校って何するの?」
「え? 勉強だろ」
「そりゃそうだけどー……。楽しい?」
「楽しいかっつったら……楽しいんじゃねーの」
 アイドルになる前は、勉強はともかく友達は結構多かったしそれなりに楽しかったような気がする。最近はあんま行ってないけど、隣の席のあいつとか良くしてくれるし、楽しくないってことはない。いろいろ面倒はあるが。
「卒業はちゃんとしてーな……」
「そう?」
「なんか、証明になるじゃん、頑張ったっていう」
「学校嫌いなの?」
「そうじゃなくて……親もさ」
 俺の言葉に翔太は目を伏せる。
「悪い。余計なこと気にすんなよ」
「するよ」
「おまえらしくねーじゃん」
「……あのさ、関係ないんだけど。母さんは僕に高校行ってって言うけど、高校行くのと、その分お仕事してお金貰うのと、どっちが親孝行なのかな」
 珍しく自信なげに言う。正直気軽に答えられる質問じゃない。翔太の母さんの気持ちは俺には分からないし、同じ疑問は俺だって持っている。
「おまえのことはおまえがしたいようにしろよ。おまえが決めたことは誰も責められるもんじゃねーだろ」
 俺なりに頑張って返事をした。「まあそうだね。まだ時間あるし」翔太は思いのほかあっさり顔を上げる。
「いっぱい考えてみるよ」
「ああ」
「やりたいこと、いっぱいやろうね、冬馬君。二人でも三人でも」
「当然だろ」
 俺たちは足を止めない。俺たちの日常を、やりたいように生き続ける。多分きっとこれからも一緒に。
 いつか全て正しかったと証明するために。
20180722
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