同じところで生きてる
さっきまで実の弟と交わっていたとは思えないくらいに、鵺雲の顔は涼やかだ。それと向き合うのが嫌だったから雑に服を直してベッドを去る。終わったんだから早く出てけよと思うが、鵺雲がどう行動するか決められるのは彼本人だけだ。立ち去る気配はない。
自分の部屋なのに居心地が悪い。薄く微笑んで比鷺のことを追う視線から逃れたくて、カーテンを引いて裏に隠れてみる。朝焼けが目に眩しい。そうやって窓の外を眺めていて、あまり思い出したくないことを思い出す。初めて兄と行為に及んだ時のことを。あの頃はまだ、今よりは真っ当に兄のことが好きだった。
あの日も、ことが終わった後に比鷺はこうして窓の外を確認した。なにかとんでもないことをしてしまったんじゃないかという不安があって、何かが起こっていてもおかしくないと思った。風景が一変していることさえ覚悟した。当たり前にそんなことは起きていなくて、いつもと同じ景色が見えるだけだった。少しだけがっかりしていた。
背後でカーテンが開かれて、鵺雲が寄り添ってくる。同じ高さにある顔が側に寄せられる。ほんの少しでも動いたら頬が触れ合ってしまいそうだから比鷺は身を固くして真っ直ぐに窓の外を見る。視界の外から伸びてきた白い指先がそっと窓に触れる。
「ほら、海が向こうに見えるよ」
「そんなの知ってるし」
「比鷺は賢いね!」
つまらないことで褒められるのも嫌いだ。
「相模國のことは、ちゃんと知っておかなくてはね」
「だからそういう、統治者みたいな……」
「比鷺はこんなに詳しくて偉いなあ」
会話が成り立たないのなんていつものことだ。兄は話したいことしか話さない。それが今日はいつもよりも悔しくて悲しい気がした。昔のことなんて思い出したからかもしれない。
「うん? どうしたの? もう一回したい?」
比鷺が突然しがみついて肩に顔を埋めても、兄は動揺することもない。普段通りに比鷺に選択を迫る。こんな時まで選ばせないでほしい。一度くらい僕がしたいからって言ってくれてもいいじゃん。
「……したい」
「構わないよ。大好きな比鷺のお願いだもの」
兄は綺麗に微笑んで比鷺の手を引く。
普通の兄弟は多分こんなことしない。だけどその間だけは、声を上擦らせて呼吸を乱すその人が普通の人間みたいに見えないこともないから、比鷺はまたそれを選ぶ。
これが終わったら、きっと比鷺はまた窓の外を見る。変わらない風景が広がっていることを確認して、あの男にほんの少しの変化も与えられなかったことに傷ついて、あの男が今も揺るぎないことに安堵する。比鷺はまだ、兄を諦められない。
20230109