許しの行方
痛ければ良かった。せめて苦痛を伴っていれば良かった。それなのに主人のためという建前のその行為で佐久夜はきちんと快楽を得てしまっている。
不必要なくらいに潤滑剤を使った接合部から立つ音は粘ついて酷く卑猥に思える。受け入れる側に痛みを与えないために使っているのに、ぬるぬる絡みつく感触は突っ込んでいる性器にも快感をもたらした。射精欲に押し流されそうになっては必死で堪える。
最初は指だけだった。それから勢いで口を使っても拒まれなかった。どこに触れても舌を這わせても咎められることがなかったから、段々と守るべき一線が分からなくなった。指で中を犯しながら、挿れさせてほしいと懇願すると朦朧とした彼は掠れ声でそれを許した。その日はもうずっと行為を続けていたから、思考が出来なくなっていることくらい佐久夜は知っていた。
ぐちゅぐちゅした音と荒い呼吸音、時折混ざる声が脳を痺れさせる。奉仕だ、と自分に言い聞かせる。これは不自由な主人に尽くすための行為であって、仕える側がそれを楽しむなんてあっていいはずがない。自分の下で足を開くその人がそんなことをさせていい人物ではないと一番に分かっているのは佐久夜だ。分かっているから、その人が自分の動きのひとつひとつに乱れるのに凄まじく興奮した。してはいけないのに。
与えることに集中しなくては。焦るような気持ちで濡れた性器に指を絡ませる。外も中も巡の好きなところばかり擦ってやると堪え切れない声が上がる。開いた口から舌が僅かに見えて、かき回したい欲が瞬間的に過った。
その口が何か言いたげに小さく動く。聞き取ろうと上半身を近付けると、怜悧な色をしているはずの瞳がぼんやりと溶けていることに気付く。至近距離で目が合って、静かに瞼が閉じられるのに誘われるように唇を合わせた。歯列をなぞり口蓋をくすぐって、その度にひくりと震えるのを合わせた身体で感じる。びくつく身体を抱き止め、口付けながら腹の中を性器で突き捏ねる。
こんなの、もうただのセックスだ、とは気付いている。
恋人同士みたいなことをしている。一方的な奉仕でも蹂躙でもない、二人が気持ち良くなるための行為だ。佐久夜の持つ責務からも僅かな権利からも大きく逸脱してしまっている。後ろめたく思う気持ちが余計に快感を強くして、勝手に一人で達しそうになる。襲いかかる罪悪感と快楽が耐えられる許容値を越えそうになった時だった。
巡の口内に侵入させた舌に触れてくるものがあった。ぎこちない動きで巡の舌が佐久夜のそれに絡められる。巡が自分の行為に応えているのだと気付いて、それから、佐久夜はようやく理解する。
巡は全て見通していて、それを許している。
後ろめたいことなんてひとつもなかった。佐久夜の劣情も愛欲も、許されているからそこにある。巡がそうしている限り、行為は全て奉仕のままだった。それが分かった衝撃で耐えていたものが決壊する。突き込んで奥に押し付けながら避妊具越しに中に出した。腕の中の身体が大きく跳ねて締め付けが強くなって、勢いで舌を軽く噛まれた。射精の最中だというのに一層気持ちよさが増して際限がない。歯止めが効かなくなる。
唇を離す。とろりとした瞳が見上げてくる。まだ佐久夜の欲を許してくれる気配があったから、佐久夜はもう一度口付けた。
20221106