ハートまで貫いて | ナノ

ハートまで貫いて

微グロ
漠然と鵺←巡/佐久攻め

『どうしよ。やくもさん殺しちゃった』

 受信したショートメッセージは普段の彼からすれば短くそっけないものだったので、内容が冗談ではないと判断するのには充分だった。
『今どこにいる』
 こちらは普段通りに簡潔な文章を返す。落ち着いているわけでもなく、当たり前に動転していたから指先が上手く動かせず何度か打ち直した。返ってきた返事もまた簡潔にホテルの名前と部屋番号のみだった。
 法定速度を気持ち上回りつつ、なんとか無事にそこに辿り着く。ドアを叩く。焦る佐久夜と対照的に、先のメッセージからは考えられないほど場違いに呑気な巡の声が中からして、やがて扉が開かれた。
 血の匂いが酷かった。湿った鉄の匂いを背景に、全身血みどろの巡が明るく出迎える。両手と腹の辺りは特に酷く、ひらひらと振ってみせた左の掌は赤黒く染まっている。早く入って、と促され短い廊下を抜け、一歩踏み行っただけでそこが凄惨な現場であることはすぐに分かった。金臭さが鼻を突く。きっと白を基調としていたんだろう室内は安っぽいスプラッタさながらの赤に染まっている。床一面どころか壁にまで飛び散った汚濁はてらてらと生々しく光り、端から乾きこびりつき始めている。靴底がまだ乾かない血溜まりを踏んでぐちゅりと音を立てる。そしてその血の海の先に。
「うーん……巡くんがすっごく傾けるから、もう動かせないんじゃないかな」
 殺されたらしい九条鵺雲が、机の上に積まれた積み木の塔を前に困ったように首を傾げている。

「えー、ずらさなきゃ面白くないでしょ」
 立ち尽くす佐久夜の横をすり抜けて、巡は生臭く染まったカーペットをぐじゅぐじゅ鳴らして鵺雲の前の椅子に座る。
「うん、お手上げみたい」
「じゃあ俺の勝ちですね」
「巡くんは上手だね」
 おぞましい臭気の中で血に塗れて二人は穏やかに会話している。想像したものとは全く違う異常な風景に目眩が治まらない。赤と黒がちかちかと瞬く。
「……何をしているんだ」
「一緒にやったことあるじゃん」
 やっと振り絞った言葉に、巡は積み木のパッケージをこちらに見せてくる。そうじゃない、と返す言葉は喉に引っ掛かって掠れた。
「この、血、は」
「鵺雲さんの」
「なぜ」
「俺が刺した」
 巡はなんでもないことのように言って、血の付いた手で積み木を摘まむ。殺されてしまったね! 鵺雲が平時と全く変わらない口調で言う。整った顔は血飛沫で汚れているしセーターは元々そんな色だったみたいに残らず真っ赤で、特に胸の辺りはどす黒い。濡れてよく分からないが服は確かにその辺りで裂けているようにも見えた。
 粘ついた足音を立てて一歩踏み出し、何かを踏んでつんのめる。鍛えているから転ばずに済んで、踏みつけたそれを振り返った。
 掌から少し余るくらいの大きさの赤く丸い何かを拾い上げてしまう。ぬめりながらぶよぶよと弾力がある。指の間から冷たい血が滴り落ちる。嫌な予感はずっとしているのに止まれない。
「これは──なんだ」
「鵺雲さんの」
「僕の心臓」
 平然とした二人の声が重なる。
 普通の人間ならば嘔吐しているような衝撃が佐久夜を襲ったけれど、主人の前でそんな醜態を晒すなんてあり得ないことであったし、そもそも腹に収めたものを吐き戻すような機能は佐久夜には備わっていなかったので、彼はほんの一瞬目を閉じただけでそれをやり過ごした。
「刺して捻ったら取れちゃったんだよね」
 巡は無垢な子どもめかして目を瞬く。欲しいような気がしたんだけど、と呟く。
「でももう動いてないし……いらないよね? 捨ててよ」
 巡が弄んでいた積み木を傾いた塔に無造作に重ねて、塔は崩れて床にまで散らばる。巡が触って血の付いた積み木がどれだったか分からなくなってしまった。
 握り締めた拍子に手から心臓が滑り抜け、血溜まりに落ちてべちゃりと音を立てる。跳ねた液体が佐久夜の裾を濡らす。
「身体を洗いたいな」
「あ、俺も手洗いたい」
 二人は連れ立って立ち上がる。佐久夜の横を通り抜け、振り返った。
「あとさ、この部屋なんとかしておいて」
「よろしくね」
 仲良しみたいに去っていく二人はもうこちらを見もしない。血に濡れた手を舐めてみる。足元を確かめる。それから。
20220823

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