それがすべて
胸を揉まれる攻め
「でも佐久ちゃん、こういうの好きだろ」
そう言われたら、そうだと返すほかない。
「佐久ちゃ〜ん」
甘ったれた声を出して寝起きの巡がベッドから身を乗り出して背中に覆い被さってくる。もそもそ手が回ってきて佐久夜の胸筋を掴む。そのままだらだらと弄び始めた。
二人が暮らしている安アパートの一室だ。まだ朝早いがカーテンが安物だから部屋の中はそれなりに明るい。床に座っていた佐久夜は首だけ後ろに回してみるが首筋に埋まった巡の顔はよく見えない。
「何してる」
「揉んでる……」
「揉むな」
「んえー……」
巡は手を止める様子もない。開き直っているな、とため息をつく。もう無視も難しいだろうとダンベル代わりのペットボトルを床に置いた。
「楽しいのか?」
「うん」
「そうか……」
「佐久ちゃんも楽しいだろ」
巡にそう言われたら肯定するしかない。実際触れられているのはそう悪い気分でもなかった。弱い快感は背中を伝って重苦しく下腹部に溜まっていく。体温が上がる。油断するとそのまま甘ったるい感覚に任せてぼんやりとしてしまいそうだった。
「…………」
「…………」
巡が黙り込むので無言になる。その間も手は止まらない。それどころかわざとらしく性感を煽るような手つきになってきている。気分がそちらに傾きそうになる。指が掠めるたびに身体がびくつく。
「…………」
「…………ッ、」
「…………」
「…………、」
「…………」
「んっ……く……」
「…………佐久……」
耳元に口づけられる。誘われている。
「……駄目だ」
「えっ」
「こんな朝からはしない」
「朝だけどお……」
むにゃむにゃごねていた巡は結局諦めたのか背中から離れた。
「じゃあ夜にね」
夜の定義はいつからだろうか、と思う。日が沈めば夜であるような気もするし、夕飯の後からかもしれない。巡が言えばたとえ正午であろうと二人にとっては夜ということになる。だから佐久夜は一日中警戒していた。そのせいで朝から中途半端に煽られた熱は籠ったまま引かない。
結局のところ、日が沈みきってベッドに入るまで巡は続きを持ちかけてこなかった。
仰向けの佐久夜に跨がって彼は機嫌良く佐久夜の胸に手を這わせる。何が面白いのか触られている本人にはよく分からないが、巡の方は鼻歌でも歌いそうなご機嫌ようだった。
「結構柔いよね」
両手で捏ね回しながら感心したように呟かれるがそれどころではない。一日中焦らされた身体はただ触られているだけで馬鹿みたいに快感を拾った。上に乗っている巡は佐久夜の返す全ての反応を感じ取っているはずで、だから余計に機嫌が良いのかもしれない。
「……どうして、急に」
「なに?」
「そんな……ところを」
「え?」
驚いたという風に巡は目を丸くして動きを止める。
「佐久ちゃんがこういうの好きだからだよ」
「……俺が」
巡が言えば真実になる。
「……お前が、言うなら」
「俺が言う前からこんなだったけど」
後ろ手に佐久夜の股を撫でて巡は笑う。
最初にそれが好きだろうと言ったのはやっぱり朝の巡だったと煮えた頭のどこかで過ったけれど、しかしもはや順番もきっかけもどうでもいいことだった。それはもう佐久夜の一部になってしまって切り離せない。
巡が与えてくれる全ては、今は佐久夜のものだった。
20220717