傷になりたい | ナノ

傷になりたい

 聞こえてることは知ってた。

 化身の有無がこんなにはっきり実力に出るなんて知らなかった。中学生だった俺は栄柴の長男の舞奏を見てすっかりやる気を失った。ああ結局才能の世界じゃんって。栄柴巡はその場にいる大半より年下だったはずだけど、年上の誰より上手かった。
 彼の舞奏を初めて見た日、ノノウの俺たちはどこか途方に暮れて、稽古場で意味もなく集まっていた。誰も彼のことは口に出さず、強烈な意識だけが漂っていた。
「……化身持ちとか言って、全然下手じゃん」
 口から零れた言葉は本心とは真逆で、悔し紛れなのが滲み出ていた。周りにいた友達にも伝わったはずだった。それなのに、強張っていた彼らの顔にほっとしたような笑みが浮かんだ。
「だよな、期待はずれ」
「あんなもんなんだ」
 口々に発された言葉はきっと多分誰一人本心ではなかった。けれどみんなで言い募るうちになんだかそれが本当のことみたいに思えてきて、口調も真に迫っていった。奇妙な熱の籠った陰口はいつまでも続き、日が傾く頃に俺たちは解散した。窓の外に人の気配があった気がした。
 舞奏披で栄柴巡を見る度に、俺たちはそうして悪口を言った。情けない劣等感や嫉妬心を誤魔化すための儀式だ。そして俺は、その集まりをどこかで栄柴が立ち聞いていることを半ば確信していた。彼の態度がおかしくなっていったから。
 栄柴巡はどんどん憔悴していった。年下がそんなことになっても、中学生の俺にそれを哀れむ感覚なんてなかった。彼が俯きがちになっていても、瞳が暗くなっていっても、鈴を持つ手が震えて取り落としさえしても、良い気味と思った。嗜虐心もあった。恒例の集まりはいかに過激なことを言えるか競うような気配が出てきていた。
 そうして栄柴巡は舞台から消えた。
 俺も、覡になれなかったから中学で舞奏は辞めた。
 一人の人生を変えたことに、大した罪悪感はなかった。優越感というか、満足感はあった。時折自分の発した陰口を思い返して悦に入ることすらあった。俺はそのままありふれた大人になった。
 だけど彼は舞台に戻った。
 復帰したって聞いてまず驚いて、リーダーじゃないって聞いてさらに驚いた。あれだけ実力があってしかも栄柴の跡取りなのにそんなことあるのかって。もしかしたら家の名誉か体面のために戻っただけで、もうとっくにあの素晴らしい舞奏は失われているのかもしれないと思った。俺が歪めたそれは二度と元に戻らないのかもしれない。
 だから確かめに行った。
 舞車の上で、栄柴はずっと一人を睨み付けていた。彼の人生を変えたはずの俺には気付かずに。
 栄柴がこっちを見ないことも、リーダーじゃないことも、俺が何も変えられてなかったことも全部全部不満だった。それでも変わらずに栄柴巡の舞奏は美しい。
20220423


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