墓場のゆりかご | ナノ

墓場のゆりかご

痛そう
幸せじゃない

 佐久夜がそれを知らなかったのは純粋に怠慢だ。
 佐久夜は秘上の人間だから、巡の父が舞台を降りた理由も知っていた。ふとした瞬間に巡が顔をしかめるのを気にかけてもいた。二つを結び付けるのはけして突飛な発想ではなかった。巡があんなことになってしまったのはだから何もしなかった佐久夜のせいだ。
 佐久夜はそれに納得している。自らが咎人であることを認めている。それは耐え難い痛みをもたらしたけれど、課せられた罰だと粛々と受け入れている。
 そういうつもりだった。
 深夜だった。栄柴家の暗い廊下を静かに見回っていた佐久夜は違和感に耳をそばだてる。巡の部屋から僅かに声が漏れていた。唸りともすすり泣きともつかない音だ。佐久夜が主人を寝床に運んでやってからもう随分時間が経っている。侵入者かもしれないと扉を叩くが、反応は帰ってこない。
 躊躇わず扉を開けた。窓からの月明かりしか射さないが慣れた目には十分な光だ。掛け布団の下で丸まった巡は見て分かるほどに呼吸を荒くしていた。聞こえていたのは苦痛の呻き声だった。
「どう……されましたか」
 明かりを点けるのも忘れて駆け寄り側に膝を付く。巡は顔を上げた。汗ばんだ額に前髪が貼り付いていた。
「どう、だと」
 彼が皮肉っぽい笑みを浮かべた気配がした。従者を嘲っているのかそれとも自嘲しているのか、佐久夜には分からない。
「満足したか」
 帰ってきたのは返答ではなく問いかけだった。静止して困惑する佐久夜を巡は笑う。
「お前が望んだんだろう、これを……こういう俺を。満足したか」
「私、私は……」
 言葉に詰まる佐久夜を巡はじっと見ていたが、不意に声を漏らして身を屈めた。膝を手で握り締めている。脚が痛むのだと気が付いて──そんな当然のことを今まで考えもしなかったことに愕然とした。
 佐久夜の主人はもう終わったはずだった。佐久夜は無意識にそう認識していた。舞台を降りた巡に、覡だった頃の苦しみはもう関係ないと思い込んでいた。
 佐久夜がそれを知らなかったのは純粋に怠慢であって、侮辱だった。
 巡は苦悶し続けている。誇り高い彼が声を殺せないのはきっと苦痛の大きさを表している。手を触れたら主人を傷つけると思ったから佐久夜は脚をもつれさせながら立ち上がろうとする。
「今……痛み止めを」
「駄目だ」
 否定の言葉は呻き声の中にあってはっきり発音された。大きな瞳がその瞬間だけ凪いで佐久夜を引き留める。
「なぜ……」
「生殖に……問題が、っ、出たら困るだろう。薬は駄目だ」
 脂汗を浮かべて指が白くなるほど脚を握り締めているのに、こともなげに主人は答えた。
 巡は今まで何を捨てて、これからも捨て続けるのだろう。何度眠れない夜を明かすのだろう。佐久夜の主人は佐久夜の理想の覡だった。
20220423


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