一泊三万八千円
♥喘ぎ
攻め喘ぎ、受け主導シーン
〜ここまでのあらすじ〜
駆け落ち同棲してるけどアパートの壁が薄すぎる!
「佐久ちゃん、ラブホって興味ない?」
あると答えるべきなのだろうと思ったからそうした。そういうわけで二人はラブホテルに居る。
「わ、豪華じゃん。ちょっと奮発して良かったね」
「……そうだな」
巡の言う通りやや高めの施設を選んだせいか室内には高級感がある。何も知らなければ単なる高級ホテルにも思えそうだったが、鎮座する巨大なベッドがどうしようもなくこの場の目的を意識させた。
宿泊プランにしたために時間はあった。ひとまず二人で一通り見て回ることにする。佐久夜がいっそう寡黙になっているのと反対に、巡は平時よりも更に口数が多かった。佐久夜が内心では落ち着かない気分でいるように、彼も平然としているように見えて浮き足立っているのかもしれなかった。
「じゃあ、ま、時間も限られてるし」
冷蔵庫やらアメニティやらにひと通りはしゃいだのち、巡に促され一人で風呂に向かう。風呂場も清潔で十分に広く、栄柴の家のようだと自分が捨てさせたそれを少し懐かしむ。普段よりも心持ちしっかり身体を流し、備え付けのバスローブを着て戻った。勝手が分からないから念のために下着は履いておいた。
「あ、おかえりー」
部屋の明かりは薄ぼんやりした間接照明に切り替えてあった。ベッドに胡座をかいた巡が顔を上げる。アメニティであろう小さな袋がシーツの上にいくつも散らばっている。特にそれには触れず彼も風呂場に消えた。
彼と入れ替わりに同じ場所に座ってみる。巡がしたのか上掛けは足元に捲り上げてあってシーツの上にはタオルも敷かれている。なんとなく手慣れている気がして少しだけ不快だった。
巡の散らかした避妊具や潤滑剤の小袋をまとめてベッドボードに片付ける。主人のしたことの後始末をするのは大抵佐久夜の仕事で、だからこういうことをすると少し心が落ち着く気がした。間接照明に照らされるといかがわしい空気が強調されるようで腹の辺りがそわそわしている。
「おまたせっ」
バスローブ姿で戻ってきた巡が跳び跳ねるようにベッドに乗り上げる。立派な寝台は二人が並んでも十分すぎるほどに広く、軋む様子もない。二人で正座して向かい合っている。視線が合わない。行為自体は何度か経験があるのに、いつもなし崩し的にもつれ込んでいたせいか改めて意識すると戸惑いがあった。
きっと巡は佐久夜にリードされたがっている、と思う。腹を決めてにじり寄り、名前を呼んで頬に手を添えた。一瞬肩を震わせた巡が顔を上げる。顔を寄せ、唇を触れ合わせた。一度離れようとすると頭を両手で固定され逃げ場のなくなった口に舌が侵入してくる。そうしながら頭を掴む手にゆっくりと耳をなぞられる。巡はやたら耳朶を触るのを好んだ。何度もそうされているうちに佐久夜の方もそれが癖になってしまって、今だって耳を弄られながら舌を擦り合わせているだけで気持ちよくってたまらなかった。
頬に添えた指を伸ばして巡の耳に触れる。彼はまたびくりと肩を跳ねさせる。耳が弱いのは彼も同じだった。互いの声が口内で混ざり合う。夢中で舌を絡ませながらまさぐり合っていると、巡の手が太ももに触れた。その手が脚を撫で上げ決定的なところに近付いていくので佐久夜は身を固くする。唇が離れて耳元に寄せられる。
「ね、早く……」
抱き寄せられ押し倒す形で倒れ込んだ。視線が合う。微かに潤んで期待と欲に満ちた目がこちらを見ている。恐らくは自分も似たような目をしている。誘われるように再び唇を合わせながら巡の脚の間に手を伸ばす。ローブの合間から手を差し入れるとすぐに素肌に触れて、だから下着を身に付けていないと知った。履いている自分は間違っていたかと瞬間不安がよぎる。巡も腕を伸ばし佐久夜の下腹部を撫でてくる。指を引っ掛けて下着のゴムをびよびよ引っ張っている。
「やめろ、伸びるだろう」
「……やっぱ履くのか……」
「なんだ?」
「迷ったんだよ? 俺も」
言い訳めいた口調で何か並べたてている。下着のことらしいと察し、巡も同じように悩んだと知った。
「いや、俺も分からない」
正直に返すと彼は楽しそうにけらけら笑った。佐久夜も表情を緩める。この時になってようやく、ホテルに着いた頃から二人の間に長く続いていた気まずさを伴う緊張が解消されたようだった。
結局下着は脱いでしまってから、改めて向かい合う。協力的に片膝を立てられた脚の間に指を押し当てると簡単に飲み込まれていく。今すぐ性器を挿れてしまってもきっと問題ないくらいに拡がっている。それでも念入りに指を増やして動かしていると、焦れったそうに巡は首を振った。少し身体を起こした彼に性器を手で包まれる。思いのほか柔らかい手つきで固くなったそれを撫でるように擦られる。佐久夜が背を丸め声を漏らすと巡はうっとりと満足げに笑った。
「佐久ちゃん、かわいー……」
手は止めてもらえない。緩くもどかしい刺激が続く。
耐えられなくなって肩を押して覆い被さった。一瞬驚いた顔をした巡はすぐに上機嫌に笑みを浮かべ背中に手を回してくる。顔が近い。噛み付いてしまいたくなる。
「巡……」
「なあに、佐久ちゃん」
「挿れさせてほしい」
ローブ越しに腰を擦り付け懇願すると、その人は一度佐久夜に口づけてから寛大に許可を下す。
「いいよ」
許しを得たので互いの夜着の合わせを解き露出させる。避妊具を被せ、小分けの潤滑剤も使ってぬるつくそれを押し付け沈めていった。十分に慣らしたおかげで容易に入っていける。浅い場所を何度も行き来させると巡は同じところで決まって腰を跳ねさせた。
「んっ、く、んぅ゛……」
「はぁっ、は、巡、」
「ん……なに、佐久ちゃん」
「その、声を出してほしいんだが……そのために来たんじゃないのか」
二人が住んでいるアパートは特に古くもなく、生活音が聞こえてくるということもなかったが、周囲に響くんじゃないかと気にして静かにことを進める暗黙の了解があった。
「わかった……佐久ちゃんもね」
頷き返して動きを再開する。手前にある反応の良いところに意識的に当てるようにすると甘えた声が上がって、演技くさいそれにも息が上がった。自分を律していないと何も考えないまま揺さぶって突き込んで好き放題にしてしまいそうだった。
「ぅ、巡……ッ!」
「あ、あ!♥ 佐久ッ、ぁ……っ♥ だめっ♥」
だめと口で言ってはいるが本心ではないのだろうと判断する。巡は時々こうして試すような真似をして、佐久夜が正解を選べるか窺っている。
滅茶苦茶になってしまうとして、責任は全て佐久夜にあることにしたいのだと思う。だから佐久夜は甘んじて聞き分けのない従者を演じることにする。
「すまない、巡、巡……!」
佐久夜の選択に満足したのか巡は微笑む。主人の正解を選べた喜びがぞくぞく背中を駆け上る。潤滑剤の粘ついた水音も聞こえなくなるくらいに巡の声だけに夢中になっている。嘘くさい甘い声は続けるうちに少しずつ必死な色が混じっていった。
「あっ、あ、待っ……! いッ……」
強く押し付けると巡はびくびく腰を反り返らせて達した。避妊具の中に精液が吐き出されて腹の中もそれに合わせて痙攣めいて収縮し佐久夜の性器を締め付ける。ほとんど先端しか挿入していなかったから同時に果てることができず、惜しかったなと思う。一呼吸置いて、引き抜こうとすると荒い息のままの巡に腕を掴まれ阻まれる。
「だめ、もっと……全部、それ、しろよ」
射精した直後のせいかどこか支離滅裂になりながら巡は腰を浮かせて続きをねだる。
「全部……」
誘いは断れそうになかった。腰を掴み直しゆっくりと押し進む。普段よりも深いところまで入り込み押し付ける。身体中痺れるみたいに感覚が溶けて気持ちいいことしか分からなくなる。
「ふ、ぅ、苦しくないか……」
「ん……奥、入って、ぅ……」
「……ああ、全部……」
「はぁ、はは……すご……」
腕を広げて招かれるのでぎゅっと抱き合う。身体全体で抱き付かれて根元まで締め付けられて耳元では声混じりの吐息が聞こえてそれだけで動きもしないまま達してしまいそうだった。緩く腰を押し付け動かすと背中に回された腕に力が入った。
「ぅあ、なんか、これ、やば……♥」
蕩けた声が聞こえる。顔が見たいと思ったけれどきつく抱き込まれているから叶わない。ぴったり身体を合わせることも表情を見ることも全部したいと思った。強欲はいつまで経っても変わらない。
だから欲に任せて首筋に柔く噛み付いた。びくりと反応があって挿れた腹の中がきゅうきゅう締まった。背中に回された腕の拘束が緩んで力の抜けた声が間近で零れる。背中がぞくぞくして熱くて気持ちよくてほとんど無意識に腰を打ち付けた。突然勢いを増した動きに、それまで余裕めかして積極的に動いていた巡が逃げるように身体を引こうとしたのに気が付いたがやめられず、押さえつけるように抱き止めた。
「だめっ、だめ、だ、あ、あっ、あああッ──!」
悲鳴じみた声が上がって腕の中の身体がひときわ大きく跳ねる。がくがく身体が震えるのに伴って性器が強く締められて、佐久夜も一番奥に射精した。
二人で荒く呼吸しながら抱き合っている。巡は時折びくっと身体を跳ねさせ、その度腹の中が小さく収縮した。
「はー……はぁ、巡、平気か」
「だめ、って、言ったじゃん……」
恨めしげな声が聞こえる。すまないと謝りながら口づけると拒まれることもない。舌を絡めるのがこんなに気持ちいいなんて昔は知らなかった。このまま続きもできてしまいそうだったが、立て続けに三回は苦しいだろうと仕方なくゆっくり身体を離し、二人分の避妊具を外してゴミ箱に捨てた。
巡の不規則な呼吸はなかなか落ち着かない。引きつった声を漏らしては身体をびくつかせる。心配になって顔を覗き込むと弱々しく押し退けられた。
「待って、らい……大丈夫、ちょっと……」
「ちょっと……?」
「気持ちよくて……」
巡は顔を背けて投げやりに呟く。
欲情した。
そろそろと手を伸ばして巡の下腹を撫でてみると情けない声を上げて身をよじる。涙の張った目が佐久夜を睨んだ。
「だめ、ってば、いま……っ」
本気の制止だと分かったので渋々手を離した。少しすると呼吸も落ち着いて、彼は大きくため息を吐いた。
「お風呂、お湯溜めてあるから……入ってきていいよ」
「お前は」
「まだ無理、力入んない……」
仰向けに転がったまま巡は首を振る。
「……一人では入れないだろう」
「えっ、待って、触……な……」
背中に手を回して起こしてやる。触れる度に小さく反応が帰ってくるので思わず不必要に手を這わせてしまう。そうしながら横抱きに抱き上げる姿勢を取ると「それはさすがに恥ずい」と拒まれた。肩を貸して立ち上がる。力の入らない彼に縋られるようにしながら風呂場に向かい、バスローブを脱衣所に落とし、湯気の立つ浴室のドアを開けた。間接照明に慣れた目に白い泡が眩しい。
「泡?」
「そう、泡風呂ってのがあったから」
大きな浴槽は白い泡で覆われていた。いかにも巡の興味を引きそうなオプションだなと思う。
シャワーを浴びせてやろうとするが断られ、先に流して湯船に仕舞われた。敏感になった肌に触れる手から解放され身体を流した巡はさっぱりした顔をして佐久夜と向かい合う形で泡の中に身を沈めた。
「ねえねえ見てこれ」
巡が浴槽の側にあるパネルを操作すると照明が紫色に変わる。彼は面白がって何度か色を変え、最終的に自動で色が移り変わる設定に落ち着いた。薄暗い色つきの明かりに照らされながら巡は笑う。
「なんかやらしーね」
「……暗い」
「結構むっつりだよね」
「何がだ」
「佐久ちゃんがだけど?」
不本意な評価に少し顔をしかめると巡は喜んだ。
泡の中で距離を詰める。暗い上にほとんど泡で隠されて見えない彼を確かめたくて湯の中に手を伸ばした。腕に触れる。それを辿って手を掴んだ。同じ温度に温められた掌を合わせると指を絡めて握り返される。緩く弄ばれる感触に息を飲んだ。
「……佐久ちゃん……」
小さな声に顔を上げる。僅かに腕を引かれ唇が触れ合いそうなほど距離を縮めた。視界の端で辺りがちょうど巡と同じ鮮やかな色に染まっているのが見えていた。
「……巡……」
「……ここではしない、滑るし」
「上がろう」
「早いって」
静かに笑いながら巡も立ち上がろうとし、上手くいかなかったのか佐久夜の首に手を回した。巡を支えながら慎重に湯船を出る。気が急いてそのまま連れ出しそうになるが留められ、シャワーで泡を流す。巡はついでに風呂の栓も抜き、佐久夜を待たせたまま辺りを見回して何か忘れていることはないか確認していた。脱衣所でも拾い上げたバスローブをためつすがめつしてもう一度着てもいいか確認している。この辺りで佐久夜も焦らされていることに気が付いて、一度深呼吸をした。
二人ともまた同じローブを羽織った。心もとない足取りの巡に寄り添う。ベッドまでのほんの僅かな距離が長くて仕方がない。
ようやく辿り着いてベッドに腰かけるのももどかしく唇を合わせる。押し倒そうとすると胸を手で押して遮られた。まだお預けなのかと顔を窺うと巡は機嫌良く笑った。
巡の指示で仰向けに寝かされ、期待と不安が胸をよぎる。中途半端に勃ち上がった陰茎が晒されているのもいたたまれないような気がする。巡は備え付けてある小さなパッケージの潤滑剤を掌に出してにっこりした。
「気持ちよくしてあげるね♥」
覚悟するより先にぬるつく手が佐久夜の性器を掴み上下に往復する。直に触れる他人の手の慣れない感触と巡の手に触れられている事実とうっとりした彼の表情と部屋の雰囲気の全てが興奮を煽り、単純な動きでも簡単に硬度を増し限界まで張り詰める。頭の中に閃光がちらつく。あまりの快感に下半身が溶けたんじゃないかと錯覚する。
「う、うぅぅ……は、ぁう」
「佐久ちゃん、声聞かせて」
巡は佐久夜にすり寄って耳元で囁く。舌先がそうっと耳をなぞり、唇が耳朶を食み、舐めては吸う。そうしながら手は止めてくれない。頭が真っ白になる。不随意に腰が跳ね上がるのを止められない。正気らしいものはとっくに削り取られてしまって、訳の分からなくなった声が喉から溢れる。主人の命令と言い訳してあられもなく喘ぐのは恐ろしく気持ちよかった。
もう出る、と思ったところで察したのか手が離れてしまう。朦朧としながら側の巡に助けを求めるような視線を送る。気持ちよくて苦しくて、早く解放してほしかった。
「めぐっ、巡、いかせ、て、く、」
「気持ちいい? かわいい」
陶然とした表情で巡は佐久夜の身体を撫で回しあちこちにキスを落とす。どこに触れられても痺れるような快感が走って身体の感覚がめちゃくちゃになる。目の前の人に縋り付く。無意識に腰を揺らして擦り付けようとしてしまう。もっと気持ちよくなりたい。一番深いところまで突っ込んで欲のままに揺さぶって思う存分出し尽くしてしまいたい。
「巡っ、ぁ、もう、ぅあ……」
「ぎゅってしないで……♥ 動けな、からっ」
巡は佐久夜の腕を外しその腹の上に跨がる。意図を察して期待に息が詰まった。視線が合うと巡は主の仕草で悠然と目を細めた。主人を見上げる喜びに背筋が震える。
「ちょっと我慢しててね」
命令されてそれでまた気持ちよくなる。シーツを握り締める。後ろ手に支えられた性器が熱くて柔らかいところにゆっくりと飲み込まれていく。直接絡み付く感触にあっけなく射精してしまいそうで必死に耐える。佐久夜を慮ったのか焦らすためかあるいは他の理由か、全部がそこに収まるまでは長くかかった。
「佐久ちゃんっ♥ 気持ちいい?♥」
蕩けた瞳で問い掛ける巡に声を出すのも忘れて何度も頷く。
かわいい、とまた巡は呟き、はしたない音をたてながら腰を上下させる。強すぎる快感に佐久夜は身をよじってそれを逃がそうとするのに勝手に腰を突き上げて上に乗るその人を犯しもする。もう何も分からなくなってしまった。開きっぱなしの口からは乞い願うような喘ぎ声が絶えず溢れる。
「あっ、あああ……! めぐ、くるしっ、ひッ──! ひぅ、いかせ、ああ……っ! いきた、あ、」
「あは、かわい、佐久ちゃん……♥」
シーツを強く握る佐久夜の手を巡が取って、指を絡めた。
「いいよ」
優しく許可が下されたと認識した瞬間、仰け反りながら達した。奥に押し付けびくびくと身体を震わせる。強く突き込まれた中はきつく収縮して締め付ける。繋いだ手を強く握り合った。
「はーっ、はぁ、は……」
「んぅ……ぅあ、はぁ……」
力の抜けた巡が腹の上に体重をかけるので、片手でのっそり身体を起こして座る姿勢を取った。片手は繋いだままもう片方で向かい合った巡の背中や腰をなぞると彼はまた敏感に震えた。
「んっ、もう、佐久ちゃんてば……」
巡は笑って軽く口づけてくる。まだ息が上がって苦しいのに唇を離したくもない。触れ合うだけのキスを繰り返しながら肌をまさぐり続けると、すっかり事後の雰囲気でいた巡の目にほんの微かに怯えが走った。
「……え、嘘でしょ、さすがにもう……」
「だが……お前、まだだろう」
二人の腹の間で未だに主張している巡の性器を示すと彼は照れ隠しらしく顔をしかめた。
「いや……イったし……」
「巡……」
抱きしめて見上げると彼は言葉に詰まり、やがて仕方なくといったように息を吐いた。
「もう……あと一回だけだからね……♥」
20220327