フラジール | ナノ

フラジール

受けがED

 巡が倒れてから一月も経たない頃だった。巡に縁談が来ていると伝え聞いた。近頃の彼は憔悴を通り越して虚ろに日々を過ごしていた。あまりに痛々しい姿だったから、一方的な縁談には怒りすら過った。それでも佐久夜に出来ることはなかった。
「跡取りか」
 着替えを手伝っていると不意に巡が呟いた。彼から声を掛けることは珍しかった。話し掛けられたのか分からず佐久夜は黙っていた。
「用済みになったらもう次だ。薄情なもんだよ」
 その言葉は恐らく縁談とその意図するところを指していた。佐久夜が返す言葉を探している間に、巡は嘲る表情を浮かべた。
「次があるといいがな」
「どういう──」
「出来ないんだ。勃たないんだよ、ずっと前から」
 皮肉っぽく言い捨てられた告白は衝撃的なようでいてどこか腑に落ちるものでもあった。全てを、未来すら捧げ燃やし尽くすものだからこそ彼の舞奏はあれほどに素晴らしいのかもしれないと思った。同時に、それは佐久夜の願望であって、単に重圧と強いストレスによるものだろうと理解もしていたが。
「私が……出来る限りのことを致します」
 忠誠心から申し出たつもりだった。曖昧な宣言に巡の冷笑はいっそう冷たくなる。
「はは……俺が子供を残せなかったら今度こそ終わりだもんな?」
「家も子孫も関係ありません。私が巡様に尽くしたいのです」
 きっぱりと言い切ると主人は表情を消し、「そうか」とだけ呟いた。

 恥ずかしがるような関係ではなかったから佐久夜が巡の入浴も介助している。そのついでに調べたことを伝えた。性器に繋がる器官を腹の内側から刺激すればあるいはと淡々と述べると主人は無表情に聞いていた。浴槽の中で動かない脚が揺らめいていた。
 準備も佐久夜の主導で済ませ、緩いローブ状の湯上がり着だけ巻いて寝室へ向かった。車椅子から抱え上げベッドに寝かせると、主人は静かに目を閉じた。この後のことは完全に佐久夜に任せるつもりらしかった。
 不健康に衰えた脚が湯上がりで色づいて瑞々しく見えた。その間を正面から直視するのは気が引けたから、佐久夜はベッドの横に膝を付き、巡の片膝を立たせて支え緩く広げさせた脚の間に腕を差し入れる。避妊具を付け潤滑剤を纏わせた指先で会陰を撫で探る。そんなところを触られても性器は反応する気配を見せない。ぬるぬると往復させながら少しずつ指先を沈めていった。
「……大丈夫ですか」
「……ああ」
 この辺りだろうと見当を付け、指を抜き差ししては中を探るのを繰り返した。巡はなんとも言い難い表情を浮かべていた。痛くもないのだろうが快くもないということを察し、ひとまず引き上げることにした。
 そんなことを何日も続けた。
 もはや習慣と錯覚してしまいそうだ。お決まりとなった体勢で辛抱強く指を動かしていると、ひ、と微かに息を飲む声がした。顔を上げて巡の様子を窺うと驚いたように目を見開いて首を持ち上げている。佐久夜と視線が合うと逸らされ、またベッドに沈んだ。
「……続けて構いませんか」
「好きにすればいい」
 主人の返答は投げやりだったが、上擦っているような気配があった。思わず急いてしまいそうな指の動きを律し一定のテンポを保とうと心がける。抜き差しする度に巡の呼吸に声が混ざっていく。潤滑剤の粘着質な音と合わさってベッドの周りに広がっていく。
「ぁ、はっ、ぅあ、あ、」
 佐久夜の動きに合わせて巡が声を漏らす。不自由な脚が弱々しく腰を持ち上げて揺らす。指がシーツを掻く。そうして脚の間で性器が硬化の兆しを見せ始めている、と気付いた瞬間、佐久夜は身を乗り出していた。
 巡の性器を口に含んだ。
「うあっ!? な、なに、なんっ……!?」
 巡の手が髪の毛を掴んでくるが口を離さなかった。吸い付いて舌を這わせるとそれはあっさり硬度を増し佐久夜の口内を圧迫した。
 性器を口の中で愛撫しながら片手は巡の中をかき回し続けている。巡はほとんど悲鳴みたいな矯声をひっきりなしに上げ続けている。意味を為さないそれに頭が焼けるくらいに興奮した。そうして夢中で続けているうちに口の中で射精されていた。
 弱々しくだらだらと吐き出されたそれを出せと言われる前にと急いで飲み下して腹の中に落とした。巡はそれに気付かず薄い胸を大きく上下させて荒く息をしていた。佐久夜が諸々を片付け服を着付けた頃に放心状態からようやく戻ってきたようだった。
「……疲れるな、これ……」
 独り言は長らく見られなかった気の抜けた表情を伴っていた。濡れて光る目元を拭ってやりたいと思うがそれは好まれないだろうという気もした。結局佐久夜は手を伸ばさなかった。
 佐久夜が頭を下げると巡は苦々しく笑った。

 向かいの自宅まで戻っても佐久夜の腹の中は落ち着かないままだった。そわそわする感覚がなんなのかとっくに分かっていて、しかし直視することは赦されないと自分で戒めている。
 自室に辿り着く。ずるずるうずくまって頭を抱えた。体温が上がって呼吸が苦しくなってくる。耐え難い衝動が身体中を燃やしている。
 躊躇うふりをしながら手がゆっくりと下着の中に差し入れられる。既に性器は完全に立ち上がって下着を濡らしている。本当はずっと、巡に触っている時からそうだった。
 巡の姿を思い出す。髪を掴む手から力が抜けていく感覚と抑えられない喘ぎ声の記憶が興奮に変換されていく。少しでも拒絶に近い言葉を口にすれば佐久夜がすぐに手を止めると知っているから意味のない声しか発せないのだと佐久夜も分かっている。
 巡があの行為を望んでいたことを知っている。
 柔らかい内側の感触が指に甦る。最初は指一本だったのに毎日続けるうちに今では性器くらい飲み込めてしまうほどに拡がっていると、巡は知っているのだろうか。
 巡の中に押し入る妄想をした。重ねてきた行為のせいでこれ以上ない程正確に思い描けてしまう。頭の中の巡は佐久夜を抱きしめ、甘く声を掠れさせる。記憶と妄想が入り交じって頭の中はめちゃくちゃで、性器を擦る手は震えるくらいの快感をもたらす。
 お赦しください。お赦しください。
 何も考えられないまま小声で喚いた。身体中気持ち良くて溶けてしまいそうだった。言葉をつっかえらせながら意味も分からず唱え続ける。やがて迎えた射精は長くかかった。呆然としながら佐久夜は呟く。
「お赦しください。……お赦しください……」
 主人に宛てた願いは届くことはない。赦されないと知っていて、そうされるべきでないとも思っているのに、それでも佐久夜は赦されたくてたまらなかった。
20220214


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