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結婚するタイプの夢(2部37話世界)
子供いる
佐久巡匂わせ

「仲良くしようね。俺たち、夫婦になるわけだし」

 栄柴巡様との縁談は、形式上は見合いではあったが、選択肢は私たちのものではなかった。一度の食事で私たちは夫婦になることが決まっていた。古い家の在り方に反発する気持ちがないわけではなかったが、実際のところ、私はそこまで嫌ではなかった。
 栄柴巡は良い人だった。少なくとも私はそう思う。彼は初めて会った時からこちらを気遣ってくれた。彼だって無理に妻を迎えろと言われた側に違いないのに、私に申し訳なさそうな素振りさえ見せた。耳には大きなピアスが揺れていたし言葉遣いは軽薄だったが、きっと信頼できると、私はそう思った。ただの一度で、この人で良かったと安堵した。
 次に顔を合わせた時には私の嫁入りは決まっていて、さらに次にはもう書類も用意されていた。私たちはそれを回し書きして、二人で役所へ向かって、そうして夫婦になった。
「無理にとは言わないんだけどさ」
 仲良くしようよ、と彼は笑った。私は頷いた。彼はわたしをちゃん付けで呼び、私は巡さんと呼ぶことにした。間に合わせの夫婦生活が始まった。
「紹介しておくね。秘上のことは知ってると思うけど、こいつは秘上佐久ちゃん。佐久ちゃん、俺の奥さん」
「秘上佐久夜です」
 よろしくお願いいたしますと低い声で言って彼は恭しく頭を下げた。巡さんは嬉しそうににこにこしていた。佐久夜さんが巡さんを見る視線は、主人を敬う気持ち以外にも、何か痛々しいものが含まれているようだった。巡さんはそれを完全に黙殺していた。何にせよ、二人が互いに強く想い合っていることは私にも分かった。
 結婚してなお、巡さんの家での立場はあまり良くなかった。道楽息子という評価を遠く聞いてはいたが、近付いてみれば家での扱いはそんな程度のものではなかった。
 私も自分が嫁がされた理由くらいきちんと理解していた。最初の子供はすぐに産まれた。女児だった。次は化身のない男児。それから次は少しかかって、ようやく生まれつき化身持ちの男が産まれた。生まれたての赤い体にくっきりと痣が浮かんでいるのを見て、誰より安堵したのは私だったと思う。ああこれでようやく。
「ありがとう。頑張ったね」
 巡さんは傾けたベッドに凭れる私を抱き締めた。そして傍らで寝かされている私たちの子供の服を捲って、化身をじっと眺めていた。抱いてみたらいかがですかと声を掛けると、彼は三人目とは思えないくらいにおっかなびっくりその子を抱き上げた。
「ああ……」
 巡さんは温かい子の体に顔を埋めてため息みたいな声を洩らした。先の二人が可愛くないわけではない、巡さんは子育てに随分懸命だった。それでも念願の化身持ちは特別だった。
「これで、やっと……」
 小さな小さな声はきっと独り言であって聞いてはいけないものだったのだろう。けれど聞こえてしまった。泣きそうな呟きが何を意味しているのか、化身持ちを産めない罪悪感に苛まされていた私と同じ気持ちだったのだろうか。それとも。
 子供たちは元気に育った。巡さんは下の子だけは絶対に佐久夜さんに会わせなかった。理由は教えてもらえなかった。巡さんは子供たちの稽古にあまり熱心ではない様子だった。恐らくは彼が舞奏を辞めてしまったことと関係があるのだろうなと、事情を聞かされていないながらに思った。それでも下の子が初めて稽古場を訪れた時には彼にも隠しきれない期待が滲み出ていた。その子が鈴を持ち、教えられた動きを舞ってみせると、付き添っていただけの私ですらはっきりと、その子が化身を持っている意味を理解した。
 それで巡さんには何か分かったらしい。
 その日、巡さんは向かいの家に泊まった。
 それで私にも分かった。
20220128


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