夢現リフレイン | ナノ

夢現リフレイン

「や、やめ、ま、」
 ベッドに腰掛けた斎樹の細い脚の間に跪いた頼城は、斎樹の夜着を下ろし、曝された部分に躊躇う様子もなく顔を寄せる。肩から落ちた長い髪が剥き出しの腿をくすぐって、見下ろす斎樹からは後頭部しか見えなくなる。目的を察した瞬間に熱く湿ったところに決定的な部分を飲み込まれてぬるぬるした柔らかい何かに這い回られて気持ち良くなってされるがままに射精して、そうして目が覚めた。
「…………」
 下着が不快にべとついているし、夢精特有のすっきりしない感覚が下半身に重苦しく残っているし、夢の中身はしっかり覚えているし、つまり最悪の寝覚めだった。
 夢精の情けなさよりも夢の内容が心を責め立てた。長い付き合いになる男にそんな行為をさせた罪悪感と自己嫌悪が突き刺さる。体に残る不快感と相まって気が遠くなりそうだった。
 しかしそれでも起き上がって処置はしなければならなかった。とりあえず下着を替えたついでに着替えも済ませる。汚した下着はどうすればいいのか見当も付かなかったが、合宿施設に泊まっていることもあり、そのまま洗濯に出してしまうのは気が引けた。水であらかた流してしまえばいいだろうと推測し、そっとドアを開け廊下の様子を窺う。定められた起床時間まではまだしばらくあって、朝の早い武居や浅桐辺りは起きているかもしれなかったが、幸いにも廊下はしんとしている。
 足音を立てないように洗面所へ向かった。洗濯のやり方など知らないので適当に流水を浴びせる。ざばざばやるうちに粘つきが取れたような気がして、そろそろいいかと一旦それを下ろして自分の手を洗い始めたところで、
「……巡か」
 右手で前髪をかき上げた幼馴染が入り口から覗いていた。中にいるのが斎樹であることを確認して前髪を抑えていた手を離す。珍しくまだ眼鏡を掛けたままだ。
「……りゃっ、ら、頼城」
「おはよう。早いんだな。さすがだ」
 洗面所に入ってきた彼は隣に並ぶと鏡に向かい整髪剤を使い始める。朝早いせいか、眼鏡姿のせいか、普段よりもどことなく気が抜けて見える。斎樹の手元に置いてあるびしょ濡れの下着の存在には気付いていないかもしれない、と淡い期待を抱き、両手にぎゅっと握り締めて隠してみる。
「……じゃあ、頼城、また後で」
「ああ。会えて良かった。いい朝だ」
 両手を体の前で握った不自然なポーズには全く反応を示さず、頼城は綺麗に笑って手を振った。
 反応しないということは気付いていた証拠のようでもあるし、本当に気付いていなかったようでもある。あいつ相手に考えるだけ無駄だろうと斎樹は思考を切り捨てる。彼はいつだって諦めが良かった。

 一日中訓練でくたびれきって、自室のベッドに倒れ込んでほとんど気絶するみたいに眠りに落ちた。夢の中で頼城はぴったり寄り添ってきて、寝転んで見つめ合うと優しい顔をした彼は眼鏡を掛けていて、ああ今朝の、と思い出す。自分のよりも大きい手が局所を包んで長い指が性器を擦り先端を撫でる。苦しいくらいに気持ち良かった。そのまま彼の手のひらを汚して、目覚めれば当然そんなことはなく、また下着を洗いに行く羽目になった。今回は自宅で助かった、と無理やり気持ちを奮い立たせる。
 それにしても、と流水に当てながら考える。夢精自体珍しいうえ二夜続けて同じような夢を見てそうなるなんてことは今までなかった。気恥ずかしさもあるし何より相手がよく知った仲であるのがいたたまれない。
 どうして頼城なのだろう。自分が彼をどう思っているかなんて改めて考えたこともなかった。なんとなく考えてはいけないような気がして、斎樹は踏み込むのを止め、水道をことさら強く締めた。
 今日も一日中彼と行動を共にするが、普段通りに振る舞おうと決めた。つい意識してしまって彼の長い指だとかよく笑う口元だとかに視線をやりそうになるのを自制する。頼城は察しの良すぎるところがあるので、斎樹の気まずさに気付いているかもしれなかったが、今度ばかりは彼に打ち明けるわけにもいかない。
 なんとか一日を乗り切り、寝間着に着替えた斎樹は自室のベッドの上で思案する。このまま寝てはまた同じことを繰り返すことになるかもしれない。そうなると本格的に自分の心が保たなそうだ。となればあらかじめ発散させておく他にない。しかし発散とは言っても何をするべきか。そもそも無関心と言っても良いくらいに性欲が薄いような気がしているし、必要な知識以上の、楽しみのためのその分野は曖昧にしか知らない。
 それでもやるしかあるまいと掛け布団に潜り込み、そろそろと下着の中に手を差し入れる。指先で触れたそれを恐る恐る弄び、どうすればいいのかと考える。知識に依ればこのまま握り込んで刺激し続ければいずれ射精はするはずだ。
 意を決して掴み直した時に浮かぶのは頼城のことばかりだった。夢の中で触れられた手つきと自分の手が重なる。彼の手や口や首筋や脚やらが瞼の裏にちらついて触る手を彼のものと錯覚して訳が分からないくらいに気持ち良くなって、勝手に意味を成さない声が漏れて腰ががくがく震えた。何度も何度も彼の名前を呼んだ。気付いた時には手と下着を汚していた。
 荒く呼吸をしながら考える。手のひらのべとつく不快感よりも下半身に残る快感の名残よりももっと優先するべきことがあった。
 今度こそ無意識でもなんでもなく自分で彼を性の対象に選んで使ったのだと、認めなければならなかった。
20210714


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