夢なら覚めてよ | ナノ

夢なら覚めてよ

 完璧な人だ。

 その人はいつでも目立っていた。授業中に遠く聞こえるヘリの音がその人の訪れを知らせ、いざ現れれば周りは人で溢れて騒がしい。本人の声はそんな中でもとりわけよく通った。最初に彼の気配を運ぶのは音で、そして気付いてしまえば目が離せなくなる。その人は美しかった。作り物みたいに綺麗な造形の容姿に加えて自信に溢れてかつ洗練された仕草が、その人を輝かせていた。両腕の欠けた彫像が人を惹き付けるように、彼の両目は非対称であってこそ魅力的だった。(少なくとも外見上は、)どれだけ近付こうが粗のひとつも見当たらなかった。
 有名すぎて多忙すぎるその人と話したことなど当然あるはずもなく、しかし案外そんな人間は少数派だった。多少なりとも彼と接点を持つ者は大抵どこかで話しかけられたことがあった。あれだけの知名度を持っていながら彼は気さくだった。わざと逃げ回りでもしなければ彼と交流を持たずにいることは難しかった。
 生徒会室に用事があった。委員会の書類一枚を渡すだけの用事とも呼べないようなものが。長い廊下の奥まったところにあるその部屋には初めて訪れる。厚い木の扉に下がったまだ新しいノッカーを、恐る恐る持ち上げてそっと離す。そんなものを使うのは初めてだった。金属がぶつかった重々しい音が鈍く響く。ノックは二回だったか、三回だったか? 思いの外大きい音にパニックになりかけたところに、内開きの扉が引かれた。
「ようこそ」
 嘘みたいに綺麗な人が微笑んでいた。
 たかが紙切れ一枚を渡すだけなのに、その人は優雅に扉を開いて中に招き、椅子さえ引いてくれた。生徒会室には彼以外には誰もいなかった。西陽が眩しいくらいに室内を照らしていた。部屋が丸ごと金色に光っているような中でも、間違いなくその人が一番輝かしかった。
 用事を問われずっと持っていた書類を差し出す。重要なものであるかのように受け取った彼はそれを大切に仕舞い込む。その仕草にぼんやり見惚れていたけれど、顔を上げた彼と目が合い、慌てて立ち上がる。もはや用事は済んでしまって、そうなるとこの場所にいるのは場違いでしかなかった。
 退出のために扉を引いてくれたその人に名前を呼ばれた。名乗ってなどいないのに。あの書類にも書いてはいなかったのに。その人は当然のように名前を知っていた。そうしてまた来るといいと微笑んだ。完璧な微笑だった。例えばテレビで見せるような。
 世界を守りたいのだと、確かそんなようなことを言っていたと記憶している。嘘くさい綺麗ごとだったけれど彼は真剣だった。誰もが認めざるを得なかった。世界の全てを愛しているのだと思った。
 特別になりたかったのだ。平等に全てを特別扱いするその人の、認識の外に在りたかった。まともに向かっていく自信がないから、そんなことしか望めなかった。そしてそんなことが叶うはずもなかったのだと、今更、本当に今更、あの人に敵うはずがない。
 頼城紫暮は完璧だった。
20210703


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