仕事を終えた帰り道、ファンシーショップのウインドウを見つめるエレムルスの横を銀色の風が通り過ぎた。否、結果的に横を通り過ぎる形になった。
 走る勢いで風を起こすその男は前方に注意を払う余裕もないのか、他の通行人を避けきれずによろめかせている。エレムルスも反射で避けなければおそらくぶつかっていただろう。危なっかしいことだと彼女は走り去る背中を見つめた。
と、そこに若い男の声が被さった。

 「待てこらぁ!返せ!」

 険を含んだその声にはっと振り向くと、金髪の青年が男と同じ方向に走って行った。片手にだけ長い手袋をしているのか左右で色の違う腕をしていて、少々ごつめのリュックサックを背負っていた。
 状況を察知したエレムルスは片手に下げていた鞄の持ち手を両肩に引っかけ、舗装されたコンクリートの地面を蹴って駆け出した。金髪の青年も足が遅くはなかったのだがすぐに追い抜き、その前を駆ける男に接近する。
 近づかれたことに気付いた男は爪先に力を入れたが、エレムルスがスライディングをしながら足払いをかけるほうが一足先だった。



 「ひったくりか?」

 男の動きを止めた十数秒後、追いついた青年にエレムルスは声をかけた。男は片膝でのしかかられながら加減した腕ひしぎを決められ、重みと痛みでやすやすとは動けない状態だ。
 近くで見ると青年は白い縁の眼鏡を髪留めのように頭上にかけており、手袋のように見えたものはぎょろりとした目と歯並びの良い口がついたパペットだった。
 青年は少しの間ぽかんとした顔をしていたが、ハッと我に返った。

 「あ、はい。ひったくりっていうか財布すられて、すぐ気付いたから追いかけてて……お姉さんのおかげで助かりました!」

 そうか、とエレムルスが頷くと青年は堅く握った両の拳を胸元まで持ち上げた。興奮か羨望か、黒い両目がきらきらと輝いている。
 青年のほうがエレムルスより幾分か身長が勝っていたため、眩しい視線をスポットライトのように上から浴びる形になった。

 「ってかお姉さんすっげー格好良かったです!映画のスタントみてえ!」
 「……それは、どうも」

 勢いにエレムルスがややたじろいでいると、青年は「あっそうだお礼!」と声のテンションをさらに上げた。

 「……いや、お礼は別に」
 「させてもらわないと気が済まないんすよ!」

 青年はなかなか押しが強く、断り文句は最後まで聞かれずはねのけられてしまった。
けれども一応エレムルスが礼はいらないと言ったことを聞き入れはしたらしく、食事などには誘わなかった。
 代わりに青年は「お姉さん気乗りはしてないみたいなんで」と言いながら懐から名刺ケースを取り出した。そこから一枚を抜き出し、エレムルスの眼前に突き付ける。

 「おれ、IT系の会社に勤めてるんでそっち方面で助太刀できそうなことがあったらいつでも連絡してください。他の用件での連絡もオッケーっす!」

 これでお礼代わり、と人懐っこい笑みを浮かべる青年の名刺にはバーベリー=ボーアという名前が印刷されていた。


 


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