病室にいた三人は「失礼します」の言葉とともに扉を開いた人物と、その後ろにいる人物を見て三者三様の反応を見せた。
「アマリー!と、後ろのは……」
「あ、どっちも久しぶりー」
「……カジノで少し見かけた不審者じゃないか」
久々に見る兄にテンションを上げつつ同行者を訝しむリリス。
かなりあっさりしているグラジオラス。
少し驚きながらも記憶から拾った事実を述べるエレムルス。
三人それぞれに返事をしていたらキリがなくなりそうだと判断したのか、アマリーは「ご心配おかけしました、お久しぶりです」と少し頭を下げた。
彼の後ろにいる長い髪飾りと青いポンチョの人物はやりづらそうにしかめっ面をしている。何かを察したのかリリスは彼女をじいっと睨みつけた。
「……パーキンさん?でも雰囲気とか全然違うしその格好って……」
むむむと眉を寄せながら呟くリリスを見てアマリーはこともなげに言った。
「いや、彼女はパーキンさんでも合ってるよ。服装から察しのつく通りこの一帯を騒がせていた不審者だね」
「あと俺がここにいる原因でもあるんだよねー。背中とか痛かったよ、プルヌスちゃん」
アマリーの言葉の続きを奪ってグラジオラスが笑顔で言うと、プルヌスは「そのセツはどうもね」とそっぽを向いた。
エレムルスとリリスはグラジオラスを襲撃した相手だと聞いて少し身構えるようにしたが、アマリーは二人の様子を気にせず続けた。
「……ああ、彼と旧知の仲なんでしたっけ。それから少し前に流行った噂話を流したのも彼女です。この一週間ほどで他にも色々と面白い話を聞かせてもらいました」
それから、とアマリーはさらに言葉を続ける。これから言い出すことが分かっているのか、彼の後ろに立つプルヌスは苦虫を噛み潰したような顔をする。
「プルヌスさんとお付き合いすることにしました」
「っはあ!?」
「えっ」
「…………そうか」
またも三者三様の反応だが、今度は三人とも全面的に驚きを押し出している。
中でもより大きな反応を見せたのはリリスだった。
「何考えてるのアマリー!まだよく分からないけどそいつはパーキンさんだけど噂を流したりラジ兄さんを刺したりした犯人なんでしょう!?つまり私たちの遊び場を引っ掻きまわした奴じゃない!ぱっパーキンさんとは私も結構仲良くしてたけど…ああもう結局何なのよ貴方!男なのか女なのかも分からなくなってくるわ!」
「……一応性別は女よ」
「リリス落ち着いて。IT企業が腕の立つハッカーを引きずりこむみたいなものだよ。あと愛はない」
「……なるほど、脅威は逃がさずに引き入れてしまえというわけか。噂を限られた範囲にのみ広げて持続させる情報操作力や体格差のあるラジを倒した技術は確かに大きいな」
「だからって恋人じゃなくてもいいとは思うけどねー。アマリーの自由だけどさあ」
リリスを落ち着かせるために挙げられた例に、彼女ほど激しく反応していないグラジオラスとエレムルスは得心がいったようだ。
「そういうこと。あと恋人っていう建前があると監視したり捕まえておくのに便利だよ?恋人同士なんですって言えばどんなに一緒にいても不審がられずそれだけで納得されるんだよ?すごく使い勝手がいいじゃないか」
ね?と笑顔で妹を説得しようとするアマリーだが、発言の内容はそれなりに酷い。双子以外の三人は少し引き気味だった。
グラジオラスはプルヌスを手招きしてベッドの近くに呼び、エレムルスも含めた三人でぼそぼそと会話を始める。
「プルヌスちゃん何で断らなかったの?今の言葉の通り性悪だよあいつ」
「断ることができるなら断ってるわよ……ウヤムヤにして逃げようとしたけど逃げられなかったの」
「……君のことはよく知らないが、とりあえず災難だったな」
三人が何だかんだで親睦を深めている一方、リリスはまだ認めることができないのかむすっと頬を膨らませていた。
おそらくプルヌスという自分たちの持ち場を荒らした存在と、アマリーが彼女と(形だけとはいえ)付き合うことの両方が認められないのであろう。
今までほとんど一緒にいた兄が突然失踪したと思いきやすぐに連絡を寄越してきて、そのくせ一週間以上も姿を見せず、ようやく再会したら今までのトラブルの原因を引き入れ逃がさないよう建前だけの交際をすると言い出される始末だ。無理もないかもしれない。
本人は愛はないとは言っているが、兄を取られた気がして悔しいというのもありそうだ。
肝心のアマリーは仕方ないなあと言う代わりにふうと軽く息を吐いた。
「リリスは納得がいかないかもしれないけど、ここまで自分のテリトリーを引っ掻き回した人だからこそ近くに置いて見ておきたいんだよね。逃がしたくもないし」
発言内容だけを見ればのろけとも取れそうだが、内実は少々えげつない。むしろある意味清々しいくらいである。
年長者二人と話していたプルヌスは聞こえた台詞に嫌そうな顔をしている。
「プルヌスさんもそんなに嫌そうな顔しないでください。この一週間ほどで見飽きましたよその顔」
「ウルサイ」
「これから一緒に住むんですから僕にいちいち顔をしかめていたら顔にその跡がつきますよ」
「ほっといて……って、え!?今知ったわよそんなの!」
「ちょっとアマリーこれ家に連れてくる気なの!?」
「いや、家だとちょっと。ずっとホテルにいるのも何だしこうして出てきたついでに適当なマンションでも見に引きずっていこうかと思って」
「勝手に決めないでよアンタ!何が悲しくてアンタと共同生活続けなきゃならないの!?こっちはホテルでも嫌々だったのよ!」
「何よそれいきなり家出て二人で住むなんて認めないわよアマリー!マンション見に行くのに私も着いて行ってそのまま買い物に着き合わせてやるんだから!心配かけた罰として髪とかいじってイメチェンさせてやる!ちょうど美容院にも行きたかったし!」
「アンタも勝手に話進めんじゃないわよ妹!ジブンたちが一緒にいるのがイヤなら別れさせるのに一役買いなさいよ!」
「貴方とアマリーが一緒にいるのは嫌だけど貴方をみすみす逃がすのも嫌だから私も混ざって監視するの!」
「ハァ!?」
「リリスも来るのは別にいいけど……イメチェンさせられるの?」
「……病院でこんなに騒いで大丈夫なのか?」
「そろそろ看護師さんが怒りに来るかもー」
蚊帳の外にされた年上組二人は喧騒を眺めながらのんびりと騒音の心配をしていた。
でもイメチェンかあ、とグラジオラスが会話の中に出てきた単語を呟く。
「……お前もするのか?退院した暁にでも」
「それもありかなぁ。背中やられたときに髪も切れちゃってさあ、今後ろ髪ざんばらなんだよね。切り揃えたいなー」
「願懸けをしているわけでもないのならいっそ短くしたらどうだ?鬱陶しくないのか」
「んー……心機一転にいいかもねえ?」