Key



 「……アマリーさん、お会いできて安心していますが私はパーキンですよ?プルヌスという名前ではありません」

 「いやいや、貴方はプルヌスさんで間違いないですよね」





 その日の夜中、グラジオラスは帰り道を一人で歩いていた。

 Keeper内の連絡事項や書類のまとめがなかなかスムーズにいかず、夜遅くまでの作業になってしまったのだ。カジノ近辺に出る不審者のこともあるため、手伝うと言ってくれた秘書を始めとする仲間たちは言い包めて数時間前に帰してある。

 彼らを帰した後で数日前から渡そうとしていた通信機を渡しそびれていたことに気がついた。上着の内ポケットに入れている自分用の通信機を何気なく取り出し、仲間たちに渡そうとしていたものと見比べて仕方ないやと頭を掻いた。


 事前に遅くなるかもと家に連絡を入れてはあるものの、予想以上に遅くまでかかってしまった。起きて待っていてくれたら申し訳ないなあと家族が既に就寝していることを期待しながらてくてくと歩を進める。


 そうして歩き続けていると、いつの間にか背後から足音が迫ってきていた。


 この速度は早歩きか小走りか、と考えながらグラジオラスは歩みを止めた。こういった状況に恐怖を感じるわけではないが、不審者の件もあるため懐に手を入れてスイッチを押しておく。
 グラジオラスが急に立ち止ったためか、足音は警戒するように静かになった。

 ためらうように再び足音が鳴り出したところで、彼はくるりと振り返った。


 「わっ」
 「……あれ」

 振り返った先にいた足音の主は、一度Umpireで見かけたことのある中性的な容姿の青年だった。





 「……社のデータにも私の名前がプルヌスだという情報はないはずですが」

 「ええ、ありませんでした。その代わり、Devourの社員データに改竄された痕跡は見つけましたけれど」





 「びっくりしました……」
 「いやー俺もびっくりした。驚かせてごめんねえ」
 「いいえ」

 足音の主、もといパーキンの話を聞くと彼も残業で帰りが遅くなってしまったとのことだった。
 人気のない夜中の道は居心地のいいものではなく、少しでも早く帰ろうと早足で歩いていた先にグラジオラスがいたのだという。夜道に前を歩く長身の影が突然立ち止まったり振り返ってきたりしたら普通にびくりとするだろう。パーキンは見た目や雰囲気からしても怯える姿に違和感はないし。

 パーキンと並んで歩きながら懐に入れていた手を出して一応の警戒態勢を解いたグラジオラスだが、Umpireで彼を見かけたときに感じた違和感は拭いきれていなかった。


 「ねーえところでさあ、俺パーキン君ってUmpire以外でもどこかで見」
 「あ、あの」





 「改竄、ですか。……ですがそれだけで私の名前がプルヌスであると決めつけるのは早計ではないでしょうか」

 「もちろんそれだけで決めているわけではありませんよ。グラジオラスさんのことを覚えていますか?以前貴方が会議をしにうちを訪れた際、リリスと一緒にいた長身緑髪の方です」

 「……覚えていますよ、目立つ方でしたし。その方がどうかしたのですか?」

 「ええ。その人、今不審者に襲われたようで入院中なんですけれどね」





 「どうしたのー?」

 さりげなく話を振ろうとしたところを絶妙なタイミングで遮られたが、パーキンの妙に怯えた様子のほうが気になったグラジオラスは咎めることをしなかった。それどころか人がいいことに話を促すように問いかけてしまう。
 もごもごと言いにくそうにしていたパーキンは、ちらちらと後ろを気にしながらグラジオラスを見上げた。

 「その、何というか……気のせいかもしれないのですが、後ろから何か来ているような気がして」
 「後ろから?」

 パーキンの言葉にグラジオラスは首だけで後ろを見やった。しかし、何も見えない。
 そもそも何の気配すら感じない。

 「……気のせいじゃないのー?」
 「で、でも」

 食い下がるパーキンにグラジオラスはふうむと首を傾げながら「そんなに気になるなら見てこようか?」と言った。
 控えめにではあるが食い下がってくるということは何か思うところがあるのか、それともよほど不安なのか。どちらにせよ自分が見てきて何もないことを確認すればいいだろうと思ったのだ。

 「……ええと、良いのですか?」
 「うん。ちょっと見てくるから待っててよー」
 「あ、ありがとうございます……!」


 申し訳なさそうに言うパーキンにグラジオラスは「いいよぉ」と苦笑して背中を向けた。





 「……それが何か?」

 「いや、その方なかなか重症で面会謝絶状態なんですけれどね。それでも一応知人ですしちょっと頑張って病院の方に話を聞いたりしていたんです」

 「…………」

 「彼の上着のポケットに気になるものが入っていたんですよ」





 「本当にありがとうございます……」


 背後から聞こえる声に何もそこまで感謝しなくてもと思いながら声の主から数メートル離れたそのとき、グラジオラスは突如背中に衝撃を感じた。

 どすどすどす、と立て続けに来る衝撃に足をもつれさせ片膝をつく。
 続けざまに吐き気が訪れ、喉を何かが逆流する感覚の後にこぷっと口の端から血が漏れた。


 「ホンットありがたい……アンタは変わらず甘ちゃんのお人好しよね」

 「……君は、」

 背後から聞こえた先ほどとはトーンのがらりと変わった声に会話の流れで忘れていた違和感を思い出す。


 「お久しぶりねグラジオラス。ねえ、ジブンは人畜無害そうな大人しいお兄さんっぽくできていたかしら?」

 「……プルヌスちゃん」





 「上着の内ポケットに小型の通信機が入ってたんですけど、少し調べてみたらどうやら録音もできるみたいで、おっと、」

 「…………」

 「危ないですねえ。たまたま持っていた本を盾にできたからいいものの、物騒なもの投げないでくださいよ。ボールペン型のナイフですか?凝ったものを」

 「……チッ」

 「女性がそんなに怖い顔しないでくださいよ、プルヌスさん。平和にトランプでもしません?」


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