Dim?
「……アマリーさんが、ですか」
パーキンはそう言っていつも伏し目がちにしている目を見開いた。
ほとんど恒例と化している会議のためにUmpireを訪れた彼を待っていたのは毎回話し合っている総帥ではなく泣き腫らして酷いありさまになっていた副総帥と、彼女を慰めようとしている秘書たちだった。
うっかりした面はあるものの、常に落ち着いている彼もさすがにこの事態には驚いたようだ。
「家に帰ってきてないのはもちろん、持ってるはずの全部の携帯にかけてもつながらないんだから……」
少しは落ち着いたようだが、まだ声に震えが残っているリリスが鼻をすすりながら言った。
パーキンはいかにも心配そうにそんな彼女の様子をうかがう。リリスもまた、パーキンをちらりと見てから部下が持ってきたティッシュを何枚か取って顔に押し当てた。そして勢いよく鼻をかむと首をふるふると左右に振り、顔を上げる。
目尻にはまだ涙が残っているがこぼれ落ちないようにぎゅっとこらえられている。
「……パーキンさんには悪いけど、今日の会議はひとまず中止よ。できれば代理を立てたいけど、会議はずっと貴方たち二人でやって来たものね。すぐに代わりを用意するのは難しいわ」
一気にそれだけ言うと、リリスはすうっと肩を上下させながら大きめに息を吸い込んだ。
吸った息を吐きだして、「無理矢理にでもふっきれないとダメね」と静かに呟く。
「総帥の不在にともない、しばらく私が指揮を執ります!でも私はアマリーと違ってスムーズにはできないから、二人とも手伝ってください。
それから、兄のことも私と一緒に探してください」
宣言とともに二人の秘書に頭を下げた後、リリスはパーキンにくるりと向き直って微笑んだ。
「見苦しいところを晒してごめんなさいね。せっかく来てくれたのにすぐ帰ってもらうのは申し訳ないから、いつもみたいにお茶でも飲んでいって」
*
「お茶、ご馳走様でした。無理はなさらないでくださいね」
会釈と気遣いの言葉をリリスに向け、パーキンは丁寧に扉を閉めた。
気を張りながらも精神的に参っていることが透けて見える彼女の様子をしばし見ておきたいということもあり、彼はお茶の誘いに乗った。自社に戻る時間が近付いたためお開きになったが、適当に言葉を交わしてお茶を飲んでいるうちにリリスの肩の力も少し抜けたようだった。
廊下に人影は見えない。エントランスを目指して歩きながらパーキンは考え込むように眉根を寄せ、口元に手を当てた。
いつもの穏やかな表情を知っている者ならば違和感を覚えるような険しい顔をしている。
「……どういうコトなの?」
思わず零した自分の高く尖った声にハッと気付き、口を押さえながら彼はあたりの様子を窺う。先ほどと変わらず人影がないことを確認して安心したように息を吐いた。
喉に手を当てて咳払いをし、「あ、あー…」と普段通りの落ち着いた声であることを確かめる。すぐ近くに見えてきたエレベーターに乗って一階まで下りればエントランスは目の前である。
「しっかりしないとですね〜……」
声出しの確認も兼ねて自分に言い聞かせるように言うと、タイミングがいいのか悪いのか携帯が鳴った。登録していない番号からなのだろう、初期設定の着信音が鳴り響く。
着信音は少し経っても鳴り止む気配がない。ずっとここで鳴らし続けるのも良くないだろうし、イタズラの線は薄いと判断して歩き出しながら通話ボタンを押した。
「もしもし」
『もしもし。パーキンさんの携帯で間違いありませんか?』
「は、はい」
受話器の向こうから聞こえる声にパーキンは眉をひそめた。
勘違いという可能性もあるが、この声とトーンには聞き覚えがありすぎる。
『それは良かった。いつもお世話になっています、アマリーです』
テレビ電話機能を使ってはいないし、受話器越しなので表情は分からない。そのはずなのにアマリーが笑っているのが見えた気がした。
いつの間にか、パーキンはエレベーターの前に到着していた。