Presentation
『Devour』という企業がある。
表向きにはIT関係を中心に他方面にも触手を伸ばしつつある躍進中の企業である。
その一方で情報屋として様々な団体に通じており、Umpireとも繋がりがある。
そして、ある人物が所属している企業でもある。
「プルヌスさん、またUmpireですか?」
「そうですが、パーキンとお呼びくださいね」
社内の廊下を歩いていたパーキンは背後から声をかけてきた青年に苦笑しながら返事をした。敬語を使われているところからすると部下か、少なくとも年下ではあるのだろう。
「さーせーん。しっかしよく何度もあっちに足運べますよねえ。Umpireの総帥って評判よくねーって聞きますよ。まだ若いのに黒い噂が絶えないっつうか」
「私にはお話しやすい方ですよ。噂は所詮噂ですからね、無理矢理火種をセットすれば勝手に燃え上がるものです」
「虫も殺さねーようなキレイな顔で物騒なことを言いなさる……」
「はいはい、お仕事に戻ってくださ、うっ」
「……ぼんやりして壁にぶつかったりしなけりゃ完璧なんですけどねえ」
*
(各まとめ役たちとの会議の翌日、とある病院にて)
「再三お邪魔してしまい申し訳ありませんでした。お話、ありがとうございます」
そう言って看護師に笑いかけた彼の手には黒い小型の機械が握られていた。
*
(さらにその翌日、Umpireの総帥たちの執務室にて)
「ねえアマリー、昨日また病院に行ってきたんでしょ?ラジ兄さんの様子は見れた?」
アマリーは書類仕事を済ませたのかノートパソコンにイヤホンを繋いで何かを聴いていた。よほど身を入れて聴いているようで、リリスの問いかけに答える様子はない。
秘書二人は他の用事で出ているようで、部屋には双子の兄妹だけだった。
兄の様子に頬を膨らませたリリスは机の上に乗り、ノートパソコンの前に顔を突き出した。
「アマリー!」
「わっ!?……あ、リリス」
かなり集中して聴いていたらしく、珍しく大きな驚きの声をあげた。普段の彼なら落ち着いて対処しているだろうに。
予想外の反応だったのかリリスも驚いて目を見開き、アマリーに詰め寄った。面白そうに目が輝いている。
「えっアマリーびっくりした?大声あげてびっくりしたわよね!やだ珍しい!録画しておけば良かった!」
「びっくりしたのは認めるから録画はやめてよ。で、何、リリス」
「え?……ああ」
イヤホンを外しながらの兄の問いに妹は少しきょとんとした後で思い出したように手を打った。
「昨日また病院に行ってきたんでしょ?」
「行ったね」
「ラジ兄さん見た?」
「面会謝絶なのに見られるわけないじゃないか」
「むう」
「むくれない」
「っていうか、さっきから何聴いてるのよう」
「秘密」
「むっ」
「むくれない」
「……知りたいの?」
「教えなさいよ」
しばらく二人で睨み合う格好になっていたが、根負けしたのかアマリーがふうっと息を吐いた。
「別に、大したことじゃない。ただの聴き比べだよ」
言葉の意味が理解できないのか眉根を寄せて腕組みするリリスに苦笑しながら、アマリーは「今日は先に帰っていてよ」とノートパソコンをぱたりと閉じた。
そして机の引き出しから書類を取り出し、ペンを持つ。どうやらまだ書類仕事は残っていたようだ。
リリスは不服そうな顔をしながらも「分かったわ」と頷いた。
翌朝、Umpireの執務室の扉が音を立てて乱暴に開かれた。
既に出勤していた秘書二人が驚いて扉の方に向き直ると、そこに立っていたのは副総帥のリリスだった。とても珍しいことに今にも泣きだしそうな顔をしている。
ただごとではないと感じた二人は彼女のもとに駆け寄った。
「リリスちゃん、どうしたの?」
「何かあったの?……そういえば、アマリーさんは?」
兄の秘書である女性の口から出た兄の名前にリリスは自分の服の裾をぎゅうっと握りしめて眉根を寄せた。大きな目は見る間に潤んでゆく。
ぎょっとしながらもリリスの秘書は彼女を落ち着かせようと「リリスちゃん」と名前を呼んで肩に手を置いた。
「……いないのよ」
「「?」」
「アマリーが、いないの……昨日から家にも帰ってないのよう……」
リリスはそれだけ言うとぼろぼろと涙を流して蹲った。