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「では、このあたりをこちらで少し調整して……」
暖房の暖かさに思わず落ちそうになった目蓋をこらえる。
少しぼやけた視界を取り繕うように目頭を揉みほぐすと、対面中の相手から声がかかった。
「お疲れのようですね、ノート氏」
「いえ、大丈夫です。すみません」
アマリーがそう返すとパーキンはゆるゆると首を振り、構いませんよと伏し目がちな両目をさらに細めた。
「キリもいいですし、今日は切り上げませんか?私も少し疲れてしまいました」
「……では、まあ、お言葉に甘えて」
疲れていることは事実なので、アマリーはおとなしくその提案に乗ることにした。最近は普段以上に働き詰めなのだ。
睡眠時間もいつもより確実に減っている。
「その若さでトップなんですものね、お疲れ様です」
そうしみじみと呟いたパーキンにお気遣い痛み入ります、と曖昧に微笑んだ。
*
「エレムちゃん」
街中でのジョギングを終えて公園のベンチで休憩していたエレムルスは、背後から声をかけられた。
「む、ラジか」
振り向くと普段より幾分かラフな格好をして眼鏡をかけたグラジオラスが公園沿いの道に立っていた。少し小さめの箱を大事そうに抱えている。
その一方でエレムルスもいつものような服ではなくジャージに身を包んでいる。どうやらお互いに休日が重なったようだ。
「今日も元気だねぇ。でもそんな軽装で大丈夫?」
グラジオラスは柵を跨いで公園に入ってきた。「今不審者とかいるでしょー」と言ってエレムルスの隣に腰を下ろす。
当のエレムルスは「ふむ」と瞬きをする。
「心配してくれるのか」
「まーあね。いらなかった?」
「いや、ありがたい。……けれどもそうだな、急に襲われてもある程度の対処はできるかもしれない。一度出くわして雰囲気も掴んだ」
その言葉にグラジオラスは一瞬固まった。
「……え?会った、の?」
「む?……ああ、まあ会ったというか、偶然それらしいのを見かけたというか。気になったからリリスに連絡して詳細を伝えておいた。張り紙の内容が更新されていたのもそのせいだろう」
「へー……そお。まあエレムちゃん強いもんね、不意打ちされてもあんまり驚いたりしないし。……うん」
だから戦いたくないんだよねー、とグラジオラスは眉根を下げて苦笑した。
先ほど見せた少したじろいだ様子は引っ込んでしまったようだ。
「……ラジ、私だけでなく自分の心配もした方がいいぞ」
「ん?うん、ありがと。アマリーにも似たようなこと言われた。俺ってやっぱり頼りない?」
「そんなことはないだろう。……アマリーからも、か?」
エレムルスは首を傾げた。
彼らの仲の悪さはほとんどの者が知るところなのだから、当然だろう。
「まあ、アマリーからのは俺個人じゃなくてKeeperって団体に向けられたものなんだろうねー。あれが俺の心配なんてするわけないか」
少し遠くを見ながらそう吐き捨てるグラジオラスにエレムルスは何も言わなかった。
代わりにグラジオラスの抱えている箱を指さす。
「……ところで、その箱は、というか、その中身は一体」
「通信機たっくさーん。何かあったときに連絡取れるように、Keeperのみんなに渡すんだー。……コスト的にそっちの分は用意できなかったの。ごめんね?」
「いや、別にいい」
*
「…………は?」
数日後の朝、Umpireにとある報告が入った。
報告を伝えてきた部下によると、前日の夜中にKeeperから急遽連絡が入ったのだという。
「ラジさん、が、襲われて病院に搬送された?」