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 (あー、危なかった……くそ、誰もいないと思って油断してたら)


 カジノ近くの路地裏で、彼女は走って荒くなった息を整えていた。周囲に他の人影は見えない。

 ある程度落ち着いたところでふうっと大きく息を吐く。髪飾りがさらりと揺れた。

 (顔は見られてないと思うけど、大まかな雰囲気あたりは把握されたでしょうね。Tracerにはちょっかいかけづらくなるわ……。
 まあエーコみたいに直感で動いてそうなヤツにはもともとあんまり関わりたくなかったけど。勘と勢いで考えてるコトぶち壊されそうだしね。

 ……やっぱりグラジオラスかしら)

 「ん」

 彼女は何かを思い出したように服のポケットから携帯を取り出して時間を確認する。


 (ふむ、パーキンの仕事の時間ね)





 Umpire・総帥たちの執務室。



 「ところでさー、張り紙にあった不審者がBARにちょっかい出すかもしれないんなら警備とか置いたりしないの?一応Umpireの傘下のお店なんだし、それくらいできるでしょ」


 部屋の中央にある休憩用のテーブルセットに陣取っているグラジオラスは、そう言ってお茶菓子として出されたクッキーをむぐむぐと頬張った。最近カジノやBARなど、ゲーム関係者が集まる場所に貼られている注意書きについて話しているようだ。

 机で仕事を淡々とこなすアマリーはそんな光景が目に入るからか、不機嫌そうな顔をしている。

 「BARには人員を割かなくてもいいと判断したからそうしているだけです。Umpireとその系列が狙われるのは珍しいことではありませんので、慣れてますから」

 「あっそ、淡白だねぇ」

 「そうよね。アマリーって割と淡白ぶってるところあるのよね」


 グラジオラスの向かいに腰掛けたリリスもそう口を挟みつつクッキーに手を伸ばした。
 アマリーは妹の様子に小さなため息をこぼしながらも、仕事の手を止めない。

 「リリス、太るよ。グラジオラスさんもクッキー貪ってないで自分たちの心配でもしてみたらどうですか」

 「……アマリーの口から俺の名前の後に『心配』って単語が出た?え、何、怖い」

 「デレなの!?デレなのアマリー!?」

 「違う」


 ―コンコン

 二人の勝手な反応をアマリーが一蹴するのとほぼ同時に、執務室の扉がノックされた。
 「失礼します」という言葉の後に扉が開いて部下である女性が顔を覗かせた。

 「あの、お仕事中すみません。……そろそろ約束していた打ち合わせの時間ですので」

 そう言って部下がさらに扉を開けると、スーツ姿の青年が立っていた。
 青年の姿を見たアマリーは仕事の手を止めた。

 「パーキンさん」
 「こんにちは。今日もお邪魔します」

 パーキンはそう言って室内の三人に向けて会釈をした。




 アマリーとパーキン、そして部下の女性が立ち去り執務室にはグラジオラスとリリスの二人が残された。
 取り残された二人は特に何かをするわけでもなく、テーブルセットでくつろいだままである。

 グラジオラスがクッキーをつまみ上げながらリリスに話を振った。


 「今のパーキンって人は仕事相手なんだよね?」

 「ええ。大人しそうな顔してるけど、あの人カジノのことも知ってるのよ」

 「ふーん」

 「年が近いからアマリーも他の取引先の人たちより話しやすいみたい。この間は私たちと一緒に紅葉狩りにも行ったのよ」

 「ふーん……」


 リリスの話を聞きながら、グラジオラスはクッキーを咀嚼する。

 「あら」

 突然部屋の中に軽やかな音楽が響き渡る。
 リリスの携帯のようで、彼女は着信画面を見て少し目を丸くしてから通話ボタンを押した。

 「もしもし、リリスです。エレム姉さんどうしたの?というか、機械ダメなのによく電話できたわね?あ、秘書の人に教えてもらったの」

 電話の相手はエレムルスだったようで、女同士でさっそく盛り上がっているようである。


 「んー……」

 電話しているリリスをよそに、グラジオラスは何やら考え事をしているようだった。



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