Conference
応接間と思しきその部屋には男女が一人ずついた。
二人ともが低いテーブルに向かい合わせに置かれた対のソファに座っている。
「『理由がないと需要なんて発生しない』ね。もっともらしいことを言ってくれるじゃない」
女は笑いながらもそう吐き捨てるように言って、交差していた足を組み換えた。
そして向かいのソファに腰掛ける若い男に「で、他には何か言っていたの?」と続きを促す。
若い男は慣れない環境に少々おどおどとしながらも、自分の持ちうる限りの情報を吐きだした。彼の言葉には目の前の相手に対する緊張こそ含まれているもののためらいは感じられない。
女はそんな男の話す内容を一言も挟まずに聴いている。口元に浮かんだ笑みはどこか楽しげであり、満足そうでもある。
「以上、です」
「そう。ありがとう」
男がそう締めくくると女はにこやかに笑いながら、傍らに置いていたレコーダーのボタンを押した。
後で確認するためか、会話の一部始終を録音していたようだ。その動作に男が言及しないのは両者間の合意のうえだからだろう。
「それにしても最後の言葉が少し引っ掛かるわね」
女がカチカチと片手に収まるサイズのレコーダーを操作すると、つい先程男が話した内容の一部が再生される。
若い男はそれを聞いて不安げに顔を曇らせた。
「その言葉、どういう意味なんでしょうか。声かけてきた奴はどうして俺がBARの店員だって知ってて、どうしてみんなによろしくとか…」
「それをこれから考えるのよ」
「……BARに何か起きるとか、そういうことなんでしょうか」
「私は否定できないわよ」
男は女の言葉にぎゅっと膝上に置いた両こぶしを握り締めた。
「俺、働き始めたときは少し後悔もあったけど今はあの店が好きです。だから何も起きてほしくない。
店だけじゃなく、一緒に働いてる人たちもお客さんもひっくるめて好きです。
喧嘩するし、苦手な人もいるし、怪しいところも分からないところもあるけど、それもひっくるめて好きです。その中の何かが傷ついたり壊れたりしたら嫌です。
自分勝手だし都合の良い言い分だって分かってるけど、自分の手の届く範囲で良くないことが起こるのは、嫌です」
女はレコーダーを持ってソファから立ち上がった。
まだ暗い面持ちの男をよそに大きく伸びをしてから扉の方に歩いていく。
「……確かに貴方の言い分はすごく勝手ね」
彼女はドアノブに手をかけ、扉を開いた。
「でも私、そういう勝手は結構好きよ。身の丈に合った感じで」
*
アマリーはパーキンとの商談を終え、彼と一緒に小会議室から出て少し歩いたところでよく見知った顔を見つけた。
「リリス?」
「リリスさん」
「あらアマリー、それにパーキンさんも。会議は終わり?」
声をかけられたリリスは兄の方にてこてこと歩いてくる。手には小型のレコーダーを持っていた。
「まあね。君はこんなところで何をしてたのさ」
「ふっふーん。お客様のお相手、からのお見送り」
自分だってちゃんと仕事をしているんだとでも言いたげに胸を張るリリス。
アマリーは妹の様子に「お客様ね」と肩をすくめた。
「ま、後で話すわ。それより会議終わったんだから今からお茶でも飲むんでしょう?私も混ぜて!」
「はいはい。クッキー残ってたかな」
「私ケーキが食べたいわ」
パーキンはそんな兄妹のやり取りを眺めてくすくすと笑っていた。
「……ふふ、賑やかになりますね」