Meeting


 「ノート氏?」

 そう呼びかけられたアマリーはハッと居住まいを正した。
 呼びかけた相手は中性的な顔にふんわりと笑みを浮かべている。


 「失礼、少々考え事をしてしまいました」

 「ノート氏が会議中に考え事とは…珍しいですね」

 「申し訳ありません」

 「いいえ構いませんよ。私なんてよくまわりの者に爪の甘さとぼんやりする癖をどうにかしろと言われてしまうのです」


 なので全然大丈夫、とやんわりと微笑む青年にアマリー「そうですか」と苦笑を返した。



 Umpireが取り仕切っているのは何も非合法カジノだけではない。

 カジノというシステムは確かに当たれば存分に儲けることができる。しかし、逆に言えば収入が安定していないということにもなる。しかも非合法のそれとなれば外からの、法にかなった権力にはどうしても立場が弱くなってしまう。


 そこで、カジノで得た資金を元手にまだ堅実そうな事業に手を出しているのだ。

 時が流れるごとに廃れたものは徐々に切り捨て、違うものに手をつける。昔からこんなことを繰り返しているUmpireは、今ではそれなりに多角的な面を持つ企業となっている。
 繋がりのある多数の責任者たちの中にはカジノの存在を知る者も、知らない者も両方いる。
 商談やミーティングの際にとりわけ注意を払うべき相手はカジノの存在を知る者の方である。

 非合法であるカジノの存在を知っている相手もまた、非合法なことに手を出していることが多い。Umpireは当然そのあたりのことを抜かりなく調べている。
 だからと言ってこちらが圧倒的優位に立てるわけではないのだ。
 こちらが調べていれば、同じようにやましいものを抱えるあちらだって同じように調査済み。



 つまり、お互いに弱みを握りあっているのである。



 相手を告発なり何なりすれば自分にも嫌疑がかかるかもしれないため、普段は牽制し合っている。
 しかし少しでも隙を見せれば足元を掬われかねない。そうなれば今まで築いてきたものにも大きなヒビが入るし、最悪利益や権利を根こそぎ持っていかれる可能性だってある。そんなことになっては大惨事だ。

 取り仕切る立場がいなくなればゲームは崩壊し、欠片の奪い合いも宙ぶらりんになってしまう。


 だが逆もまた然りで、巧く相手の足を引っ掛けることに成功すれば大きな利益を得ることができる。



 そんなわけで、弱みを握りあう仲の相手には牽制すると同時に隙をうかがいながら対峙することになる。


 今アマリーの目の前にいる青年もそんな相手の一人である。
 もっとも、彼は「そういう相手」の中ではまだ気を許せる人物ではあるのだが。




 「……では、話の続きに戻りましょうか。パーキンさん」

 「ええ、ノート氏」

 パーキンと呼ばれた青年はふわりと笑みをたたえて頷いた。








 同刻、Umpireが本拠地を構えるビルの前。



 彼はその建物を見上げてゴクリと唾を飲み込んだ。


 (俺なんかが行っても、門前払いされるかもしれない。)

 (でも何か情報があれば来るようにって、言ってたもんな。)


 彼はもう一度建物を見上げ、今度はため息を吐いた。

 「就活もまだなのにこんなところに乗り込むとか、何してんのかな俺……」



 まあ乗り掛かった船だ、と彼は自分を無理矢理納得させて一歩踏み出した。




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