アルネオが慰めてもらう話。
こないだの隠し事コンビ+図書準備室同盟(/)の続きです。灯子さん宅のお子さんお借りしてます。





朝も早いうちから申し訳ないと思いつつ、見慣れた病院の見慣れた病室で馴染みきった先生と向かい合って座る。
毎月処方してもらっている薬を貰いに来る時間が放課後になかなか取れなかったので、メールで頼んで学校に行く前処方してもらうことになったのだ。救急でもないのに承諾してくれたのは付き合いが長い分お互い気心が知れているからだろう。助かる。

「アルくん、ちょっと」

いつも通りに診察を受けて、処方箋を貰って席を立とうとすると先生に引き止められた。受け答えは落ち着いてできたし別に異常はないはずだ。
ないはずなんだけど、なぜかそのまま先生に細かく診察されるはめになってしまった。

…1時間目の数学、小テストだから休みたいけど休みたくないんだよなあ。
でも先生に引き止められたら留まらないわけにはいかないし。自然と寄り添うように喋る先生と話すのは嫌いじゃない。


先生は精神科医で、ここは病院の精神科だった。



(数日後、放課後)

「トロイくん行っちゃったね」
「…はい」
「ごめんねー、紺がデリカシーなくてさ」
「いえ、別に」


ノリス先輩と二人になった、というか取り残された感じがする。
小テスト代わりに出された補習プリントを手伝ってもらいながら図書準備室でやり終えた後、紺先輩に好きな相手について聞かれた。他にも人がいる場で無言を決め込むわけにもいかないしと答えた。
Jに彼女ができたと言われてそこそこ経ったはずだし、家でも学校でも普通に過ごせていた気がするからもう大丈夫だろうと思ったんだ。いつも通りにトロイと昼飯をつついていたし、休みは終わったはずなのにどうしてかわざわざ休暇を取って仕事に戻らないJにも前と変わらず接していられている。
でもいざ好きな相手に恋人ができたのだということを声に出して説明すると刺さった。自分の言葉なのに自分に刺さった。
間は空いたはずなのに。失恋が決定したその日にトロイの家に転がり込んだときからそれなりに間があるはずなんだけど。
説明している途中できついなと感じて、ごまかすために言葉を重ねたらかえって追い打ちのようになった。自分で自分にとどめを刺すなんて笑い話だけど笑えない。

勝手に傷ついて目頭が熱くなってきたところで、事情をよく知るトロイが助け船を出して準備室の外に連れ出してくれた。風通しの良い渡り廊下に二人でいるとノリス先輩が様子を見に来た。ノリス先輩から紺先輩の様子を聞いたトロイは自分も説教に混ざってくると行って入れ違いに戻ってしまった。
…知り合って間もない先輩と二人にされても正直少し困るぞトロイ。


「…無理してない?」
「してません」

心配してかそう聞いてくるノリス先輩に鼻をすすりながら返した。年上にはもう少しちゃんと応対したいんだけど、あいにく今はそういう気になれない。
鼻をすすったらまた涙腺が緩んできたので膝を抱え直して、横から見られないように顔を埋める。涙が落ちるのを見られるのは嫌いだ。みっともないし人に余計な負担をかける。

「無理してないならそんな鼻声じゃないと思うけど」
「…じゃあ無理してるでいいです。その代わり強がってはいません」

ぎゅっと膝を抱え直した。
この先輩はどうやらなかなかお節介らしい。放っておいてもらいたいんだけれども。
顔を埋めたままでいると困ったようにあーだのうーだの呟く声が聞こえる。そのまま対応に困って立ち去ってもらえるといいのに。
けれども何でも思った通りに進むわけではないし、今まで希望通りに物事が進んだことなんてなかった。

「ごめん、ね」とためらうような声が聞こえたと思ったらぐっと引っ張られて伏せていた顔を上に向けられた。
ぼろぼろに濡れた顔に風が当たって少し冷たかった。

「…な、何するんですか」

突然のことに少し驚いたけどすぐ我に返って先輩を睨みつけた。さすがに払い除けるのは失礼な気がしてできなかったけど。
睨みつけてもノリス先輩は申し訳なさそうな顔をするだけだった。

「…その、顔みないと、なんて、言ってるか、わかんないし」
「………。…分からないなら放っておいてくださいよ。見られるの嫌ですし」

この先輩はこんなに途切れ途切れな話し方をする人だっただろうか。準備室では何というか、もう少しのびやかに喋っていたような気がするけど。
…後で本人から教えてもらって知ったのだけれどノリス先輩は少しハンデがあるそうで、ときどき耳が遠くなってしまうとのことだった。とはいえこの時点では何も知らないので不思議に思いながらもスルーしてそっぽを向いてしまった。知らなかったので仕方ないけど申し訳ない話だ。

「だ、だから、こっち向いて、くれないと…あと、ほうって、おけない。ぼろぼろ、だし」
「…………」
「とりあえず、タオル、かすから」
「む、むぐっ」

貸すと言いつつどこからか出されたタオルを受け取る前に僕の顔を捕まえてごしごしと拭う先輩は大雑把な人みたいだ。タオルで顔が塞がれていたから見られるのが嫌だと言ったことにも配慮してくれているのかもしれないけど。でも少し息苦しい。
ある程度拭き終わったようでタオルが顔から剥がされた。すっと空気が入ってくる。

「…ありがとうございます。あの、タオルは洗って返します」
「べつに、いいのに……あっ戻った。っと、そんな丁寧にしてくれなくてもいいよー、タオル汚したわけでもないし」
「いえ、その辺りはちゃんとしないと。兄にもお礼はきちんとするように言われましたから」
「…そ、そう?」
「はい」

確かに喋り方が戻ってるなとぼんやり思いながら返事をすると先輩は戸惑ったような困ったような顔をした。
あ、もしかして兄って単語が出てきたからだろうか。好きだった人は男とも女とも言っていないけど察せられたのかもしれない。まあ兄弟とは言ったし。

「そのー…ごめん、お兄さんのことぶり返させちゃって」
「いいですよ。気にしませんから」
「でも君が」
「いえ、あいつが幸せそうならそれでいいです」
「君は、ほんとにそれでいいの?」
「いいんです」

思ったままをきっぱり言い切ると先輩はますます微妙な顔をした。変なことを言ったつもりはないんだけど。
うーん、と先輩は眉を寄せて少し唸ってからこう言った。

「…アルネオくんの幸せはどうなるの」
「だって、僕とりたてて不幸なわけじゃないですし」



「そんなの別にいいじゃないですか」


この後少しだけ会話が途切れて話題が変わった。
適当な話をするだけでも結構気が紛れるもので、しばらくしてからトロイが準備室に置きっぱなしだった鞄を持ってきてくれたので先輩に簡単にお礼を言ってから帰った。
借りたタオルを返すついでに改めてお礼をしておきたいものだ。



(僕はそれでいい。)




(logから転載)


2012/08/26



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