連載小説 | ナノ



 蓮二が声をあげて泣くのを見たのは、いつ以来だろう。麦茶の入ったコップを片手に握ったまま、わたしはドアの前を動けずにいる。
 部屋の空気は湿っていて、生ぬるい。開け放した窓の外では、うるさいくらいに蝉が鳴いていた。斜めに入り込んだオレンジ色の光が、ベッドにうつ伏せで寝ころぶ蓮二の髪をやわらかく照らしている。
 今日、彼の夏が終わったのだ。
 わたしの気配に気づいて声を殺そうとしたのが失敗したらしく、蓮二の肩が大きく動いた。わたしは机の上にコップを置いて、ベッドに寄りかかるように座った。
「あのね、蓮二」
 わたしが蓮二の頭にそっと触れると、彼の肩がぴくりと跳ねた。
「下手な慰めはいらないかもしれないけど、これはわたしが純粋に思ったことだから言うね」
 蓮二の頭がかすかに動く。彼は聞いてくれるつもりらしい。私は蓮二の髪を撫でながら続けた。
「蓮二はがんばってたよ、とっても。……大会、お疲れさま」
 蓮二はなにも言わない。しばらく黙って蓮二の頭を撫でていると、部屋の空気が薄青くなってきたようにおもえて、わたしまで泣きたくなってしまった。
 「麦茶おいていくから、コップはご飯のときに台所まで持っていってね。あと母さんが、部屋にいる間はエアコンつけなさいって。それだけ」
 ひと息でそうまくしたてて、わたしは部屋を出た。夕ご飯の前には、彼はきっといつもの蓮二に戻っているだろう。それまでに自分の顔をどうにかするために、わたしは洗面所へむかった。


夏のおわりとプルキニエ


※プルキニエ現象……薄暗いところで青色が目立って見える現象。目の錯覚の一種



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