久々に降りた砂浜は、幼い頃となにも変わっていなかった。グレーの砂の色も、寄せては返す波の音も、なにひとつ。あの頃は簡単に駆けていくことができたのに今では歩いているだけで足をとられて転びそうになってしまうのは、きっと私が変わってしまったからだろう。今はもうあの頃のように裸足じゃない。いつの間にか私は、踵の高い靴を履けるような大人になってしまった。
「お父さん」
 振り返ると、父は私の少し後ろを歩いていた。私が呼ぶと、なんだい、と首を傾げる。いい歳をしてそんな仕草が似合ってしまう父がいとおしい。
「海、懐かしいね」
「そうだね」
 少し待っていると、父が隣に並んだ。腕を取って私の腕に絡めると、父は驚いたような顔をした。
「どうしたんだい、藪から棒に」
「バージンロードの練習!」
 私が言うと、父は眉尻を下げて笑った。ああそうか、明日にはもう、おまえは佐伯じゃなくなるのか。父が穏やかに呟く。自分が言い出したことなのに、寂しいような悲しいような薄青い気分に包まれた。
 ニ、三歩歩いて、私はその場にしゃがみこんだ。腕を引っ張られる形になった父も、一緒に尻餅をつく。私は父の腕を離して言った。
「ねえお父さん、砂のお城、作って」
「……ああ、いいよ」
 父は濡れた砂を取ってくるために立ち上がった。
 私は明日、お嫁に行く。もし私に子供ができたら、父はやっぱり砂のお城を作るのだろう。その時は子供に自慢してやろう。「砂のお城、お母さんは何度も作ってもらったよ」と。やっぱり私は、この人の娘なのだ。



海が懐かしい



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