建て付けが悪くてぎしぎしと軋むドアを押し開けると、見慣れた光景がいつもわたしを待っている。いつも最初に目に入るのは、よくわからない液体で満たされたビーカーのたくさん置かれたテーブルと、試験管を振っているらしい博士の後ろ姿だ。
薄く黄ばんでしまった白衣の広い背中へ足音を立てずに近づいて、抱きつきたい衝動を抑えながらわたしはそっと声をかける。
「博士」
わたしが呼ぶと博士はくるりと振り返って、ああ、君か、と言った。空いている手でわたしの頭を撫でながら、よく来たねと目許を綻ばせる。それだけでとろけそうなほど幸福になれるわたしの、なんと単純なことだろう。この人が分厚いレンズ越しに真っ直ぐわたしを見てくれる事なんてないのに、そんなのはどうでも良くなってしまうのだ。
「今日は何を作ってるんですか?」
わたしが試験管を覗き込むと、博士はメガネを押し上げた。レンズに光が反射して、表情がうまく読みとれない。
「惚れ薬だよ」
「えっ!?」
驚いたわたしの顔をみて、博士はくすりと笑った。長い指でわたしの額を弾いて、今度は声を上げて笑う。
「冗談だ」
「ひどい!騙したんですね?」
わたしが膨らませた頬を、今度は破裂させるように突つかれた。お前はすぐ騙されてくれるからねと言って遠い目をする博士は、わたしではない誰かを見ていた。愛する人にはなれないけれど、ねえどうか見捨てないで、こうしてずっと触れていたいよ。
博士と孔雀
song by 天野月子