襖を開けると宴会の喧騒と蝉の鳴き声に挟まれて、軽い目眩に頭が揺れた。痺れた足を引きずりながら、気付かれないようにそっと廊下に出る。この夏の盛りにひとつの部屋に人が集まるといくらエアコンを働かせても足りないらしく、私の着ているセーラー服は汗を吸ってしっとりと重くなっていた。
 人の声のしない方へ行きたくて廊下をそろそろと移動していると、縁側に出た。おじさんたちの声はだいぶ遠くなっている。少し日差しは強いけれど、湿気と大人たちの飲むアルコールの匂い、そして息子や娘の自慢話にあてられた私にはちょうどいい。ごろりと寝転がって板張りに頬をつけると、体の中に籠もった熱と苛立ちが逃げていくのがわかった。ゆっくりと、深呼吸。暑さと湿気で茹だっていた頭が少しずつ冷えていくようで心地よい。
「気持ちいい……」
 思わず独り言が漏れた。寝返りを打って、横向きになる。プリーツスカートが捲れて太腿が露わになってしまったけれど、構っていられない。目蓋を下ろすと、暑さにやられてしまった眼球の奥が痛んだ。
「こんな所にいたのか」
 目は閉じたまま浅い呼吸を繰り返していると、ふいに顔のあたりに影が落ちた。ゆっくりと目蓋を持ち上げると、見慣れた灰色のスラックスが目に入る。もう一度寝返りを打って今度は仰向けになると、私を覗きこんでいるのがいとこの弦一郎くんだとわかった。
「叔父さんたちが探していた。お前はまたそんな格好で……はしたないぞ」
「ごめんごめん。ちょっと気持ち悪くなっちゃって」
 あの部屋湿気がすごいから、と続けると、弦一郎くんは納得したらしく頷いて、私の横に腰を下ろした。軽く息をつき、ネクタイをゆるめる。その動作が妙に大人びて見えて、私の視線は彼の指に釘づけになった。
「……どうした、そんなにじろじろ見て」
「いや、なんでもないよ」
 それきり、ふつりと会話が途切れた。居心地の悪くなった私は、上半身を起こしてもぞもぞと居住まいを正す。じわじわ、蝉の声がいやに耳についた。弦一郎くんはぼんやりと視線を空に投げている。今なら彼も、私の言葉を聞き流してくれるかもしれない。
「あのさ、弦一郎くん。親戚付き合いってさ、大変だよね」
「どうした、藪から棒に」
 蝉時雨は私の声をかき消してはくれなかった。弦一郎くんが私の方へ向き直る。どうやら話を聞いてくれるらしい。
「……惣介おじさんに言われたんだけどね、私って親戚一同の中では不出来なんだって」
「あの人は酒が入ると口が悪くなるからな。気にする事も無かろう」
「気になるよ。確かに私は勉強もスポーツも普通だし……でもね、悔しかったんだ」
 言い終わる頃には、視界が滲んでいた。この暑さの中で涙まで流してしまっては脱水症状を起こすかもしれない。どこか冷静にそんな事を考えていると、弦一郎くんの手が私の頭の上に乗った。彼の掌が、私を不器用に撫でている。私は驚いて、固まったように動けなくなった。
「……俺はそのままで良いと思うぞ」
 言い切ると、弦一郎くんは真っ赤になって俯いてしまった。彼の指が私の髪から離れる。なぜだかとても、名残惜しい。
 じりじり、蝉の声がひときわ強まる。私はひたすら、弦一郎くんのこめかみから流れる汗の筋を目で追った。
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