私が彼と並んで歩くときに彼の右側を選ぶようになったのは、もうずいぶんと前のことだった。本当にふとした拍子に彼の右目が見えないことを知ってしまって、それから、ずっと。
 どうして教えてくれなかったのか、問いただすことはできなかった。私は臆病なたちで、そして彼は縛られるのを嫌う人だ。彼のありかを確かめるために彼をうしなう危険を冒すことを、私は恐れてしまったのだ。

 空から落ちる雨は細く白く、まるで絹糸のようだった。私は彼の速度に合わせて、少し早足で歩く。彼の履いた下駄がアスファルトの地面に当たるたび、からんからんと軽い音が鳴った。
 私も彼も傘をさしていないせいで、先ほどから降り出した弱い雨に濡れた服がしっとりと肌に張り付いている。風が吹くと、すこし肌寒いほどだ。さむい、と声を漏らすと、目の前に大きな手が差し出される。
「手、繋がんね」
「……うん」
 握った彼の右手は、やはり雨にぬれて冷たく湿っていた。彼は私の手を引いて、すぐ目の前にある商店の軒下に入った。
「ちとせ、」
「雨宿り」
 彼は私の肩を抱き寄せて、腕の中に体をすっぽりと包み込んだ。彼の腕の温度で、少しずつ私の体は温まっていく。
「寒かね。体、冷えとるばい」
 そう耳もとで囁く彼は、ずるい。気まぐれにゆるゆると私の中に侵食しては私をどろどろに甘やかして溶かすのに、自分の中には線を引いて、私を絶対に立ち入らせようとしないのだ。
 涙がにじんで、視界が薄くくもる。私は震える声で彼に尋ねる。
「千歳ぇ……うち、千歳の右目になりたい」
 見上げた彼は、穏やかに笑っていた。私は知っている。この笑みは拒絶だ。目尻に浮き上がった涙がぽろぽろと落ちては、アスファルトを濡らす雨に消えていった。
 彼は私の体からそっと腕を外すと、頭をなで始める。雨の音と、彼の腕だけが世界のすべてならいいのに。私は彼の腕をつかんで、子供のように泣きじゃくった。



MAGICAL WORLD



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -